明けの霞のような


 五十号線をずっとずっと走らせてそれから六号線、夜が明けて朝が来て、フロントガラスにはちょっとの雨粒。午前六時半、当然ながら動物園はまだ閉まっていた。
 名前もわからない花や木に囲まれながら急な石段を上がり、展望台に登ってみる。垣根の元に野良猫。手を伸ばしたら逃げた。

「さっきあっちから来て」
「それであっちの方が鹿島かな」

 まだ蝉の鳴く声がして、日差しは九月にしては強くって、だけど日陰に吹く風は笑っちゃうくらいに涼しい。

「この辺はもう涼しいんだね、いい風」
「あそこ色が変わって見えるでしょ、あそこから海だよ」
「あんなに海近いの?すごい!おっきい!」

 私は海なんて知らない。生まれ育った場所にそんなものはなかった。この人とは日常的に見てきたものが違うんだ。私はこの霞んだ灰色の景色から、海と山裾を見分けることもできない。



 午前九時、赤ちゃんを抱えて先を行く若いお母さんと、ベビーカーを抱えて大変そうに石段を降りる若いお父さん。あちこちで子どもたちのはしゃぐ声がして、動物園の門はゆっくりと開く。ここにいるすべての家族の願いの通り、雨は上がってくれていた。

「大ちゃんもあんなふうになるんだよ」
「なに」
「ベビーカー、さっきの」
「なんないよ」
「なるよ、あと五年くらいの間にはああなってる」
「五年ておれ三十?…なんないよ、面倒見よくないし」
「でも私の面倒五年も見てる」


 結婚、の二文字はなんとなく避けてしまう。なんでだろ。生産的な行為だから?まだ遊びたいから?この人がその相手と思えないから?目的がわからないから?ぼんやり考えてみる、どれも違う気がする。
 私がその度はぐらかすので大ちゃんはもう自分から結婚の話をしなくなった。


「なんで動物園に子ども連れて来るんだろ」
「なにそれ」
「家族連ればっか、おれ来たことない」
「大ちゃんもいつかはやるんだよ」
「ベビーカー?」
「私は嫌だけど」
「…」
「ベビーカーは私だから、赤ちゃんは大ちゃんが抱っこ」

 伝わってるわけないけど、結婚それ自体にピンとこないだけであなたとの結婚が嫌なわけじゃないのよって、そんな意味を込めてみる。うん、伝わってるわけないんだけど。


「お父さんの権力が強い家じゃないと嫌なんだよね」
「おれんちそうだったけど嫌だよ、毎日親父の機嫌うかがってすごい緊張感」
「そうじゃなくてさあ、みんなが働くお父さんを尊敬してるの、私働いてる人大好き」
「ハードル低くね?」
「いいの」
「そんなの普通の家じゃん」
「だって見たことないもん」
「――おれも」

 私たちは意味のないことばかり話しあっている。



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