sotto voce


 べつに思いつきとか軽い冗談とか、そんなんじゃなかった。いつもと同じ、思ったことを素直に言っただけ。
 駅のホームで乗り換えを待っていた。お互いを見ずに、並んで遠くを見ていた。
 縁結びで有名な八重垣神社に、男友だちと二人で行ったことがあるって、その男友だちに「三億くれたら結ばれてやる」って言ったんだって、彼が話したのが最初だった。

「私とはいくら」
「くれるの?」
「なんでよ」
「金なんか要らん」
「結婚しようか…まじめに」

 自然な気持ちだった、唇をすり抜けてすっと出た無理のない気持ち。ちょっと長い沈黙に、言わなきゃよかったとかなんで言ったんだろうとかそんなことも思わなかった。とても落ち着いていた。

「わからん、彼氏いるのに…なんで俺」
「わからん…でも死にそうな金持ちの爺さんか雄太が相手じゃなかったら結婚なんか考えれん」
「そうか…」


 雄太は優しい。こういう時絶対に、彼氏はどうするの、なんて聞かない。本気じゃないくせに、なんて、絶対に言わない。


「結婚てなんだろうね、結婚て何が必要」
「なんやろなあ。愛と…勇気と…覚悟?」
「私ではだめか」
「…いや」
「何も持ってないけど」
「うん」
「まじめに」
「まじめに――」

 電車が着てしまった。なんとなく始まったプロポーズがなんとなく終わった。まじめに、まじめに、と、お互いの気持ちを確認したまま。



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