日高荘204号室


 中野の小さなライブハウスで素人なんだかプロなんだかよくわからないお笑い芸人たちのライブを見たあと、高田馬場のファーストキッチンであれが面白かったとかあれはだめだったとか、私と亜紀子は評論家みたいな口調のまま食事をした。

 私が亜紀子の部屋に泊まるか、亜紀子が私の部屋に泊まるかを決めるためにじゃんけんをした。よくよく考えてみるとじゃんけんで決めるってなんか変。勝ち負けを決めるわけじゃないのに。
 亜紀子がグーで勝って、西武新宿線を都立家政で降りた。駅から徒歩十五分の、アジア人学生が雑魚寝してそうな安アパート。

「前に会った時って亜紀子、東西線で帰らなかったっけ」
「あーそれ三年くらい前だっけ」
「オートロックで七階とか言ってたよね」
「あん時は仕送あったしねー、まあ完全に調子こいてたよね、ふふ」


 亜紀子の部屋はどこにも床が見えなかった。服や雑誌やCDの下にもまだ何かあるみたいで、明らかに天井が近かった。ロフトへ上がる階段は半分近く埋もれていたし、ユニットバスの扉が完全に閉まるのか疑わしくて不安だった。



 それは午前三時を過ぎた頃に始まった。


「いつまでそういう生活してんの」
「どういう」
「だからそういう」
「亜紀子も部屋ちゃんとしなよ」
「そういうことじゃなくて、あんたはその部屋すらないじゃん、男のでしょ、ていうか今までこうやって言ってくれる友達とかいなかったの」
「なにそれ、私そういうの嫌い、やめて」
「耳が痛いこともちゃんと言うのが友達だよ」
「だからそういうの要らないって」
「なんで」
「言いたくないよ、人に言うことじゃないし」
「なんでそんな、壁つくんの、私あんたのこと――」
「やめてよ、これでも今までで一番なんだよ亜紀子は、これくらいの壁、他の人にはもっと…」


 私は女に生まれていなかったらホームレスになっていたかこの歳になる前に死んでいたと思う。身の上話をすれば暖かい部屋へ案内してもらえるしセックスも嫌いじゃない。やばいことなんか一度もなかった。屋根や水が欲しければ風俗にいけばいいと本気で思っていた。

 亜紀子は「もっと自分を大切にしてよ」と言って、泣きながらトイレに行ってしまった。泣いてる意味は全然わからなかった、扉はきちんと閉まっていた。私はこの生き方しか知らない。



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あきゅろす。
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