メゾンエトワール


 駅を出て石神井川と思われる川を横目に早足で歩いているとすぐ向こうで、佑介が自転車に乗りこちらへ向かってくるのが見える。石神井川と思われる、と言ったのは本当はなんなのか知らないからだ、佑介に聞けば知っているのかもしれないがどうでもよかった。あるいは、もう既に聞いたことがあったかもしれないがやはりどうでもよかったので忘れてしまった。
 アパートまでの徒歩10分強の間どんなことを話したり聞いたりしていたのかまるで思い出せない。どうせ馬鹿な受け答えしかできてないし顔もまともに見てない。佑介はどうだったろうか。


 仰向けになって天井をみつめる。佑介はうつ伏せて何かの文庫本をめくっている。

「高田馬場で降りるとな、学生ばっかりおるな」
「うん」
「二年前やったら私も上井草おったのにな」
「うん」
「そしたら終電なんかで来んでもいつでも会えたんにな」
「うん」
「でも二年前は佑介がこっちおらんもんな」
「そうやね」
「何読んでんの」
「ひみつ」


「なあ聞いてくれる」
「うん」
「夢にでてくる」
「何が」
「上井草で一緒に住んどった男が」
「何で」
「知らんけど」
「うん」
「久しぶりって、めっちゃ懐かしいて、今どこにいてんの、とか聞くとな」
「うん」
「ずっと上井草にいてるよ、連絡先教えるわ、また会えるし、て言うねんな」
「うん」
「その電話番号なんかアドレスなんか、知らんけど鉛筆で割り箸の袋かなんかにメモすんねんけどな」
「うん」
「あーあかんもう目さめる、まだ最後まで書いてへんのに、あかん、起きる、てなんねん」
「うん」
「起きたら泣いとった」
「うん」
「そんなんを、見る、忘れた頃に」
「好きやったん?」
「何が」
「そいつのこと」


 佑介の手がカーディガンのボタンに延びる。目を閉じる、何も見えない。佑介はどうだろうか。どこを見ているのだろうか。



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