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誕生石物語
三月 アクアマリン
手のひらの上のころんとしたボールは水の色の透明な青。

転がすとソーダー味のキャンディーに光を当てたようなとろんとした光が返ってくる。

アクアマリン。
三月の誕生石。

「お守りに良いかなって思ったんだ。」

「ありがとう……高かったんじゃない?」

「うん、安くはなかったよ。でも、誕生石は持つ人を守るっていうから。」

「……だといいな。……今度はいつ会えるかな?夏休み?それとも来年?」

「意外と早いと思うよ。うまくすれば四月から今までよりもたくさん会える。」

「え……?」

「実は都内の大学に推薦が通ったんだ。紀美子の家に割と近い。」

守の腕が伸び、紀美子の髪をそっと撫でた。

いつの間にか守は紀美子より10センチ以上背が高くなっていた。いや、いつの間にかではない。会うたびに守の背は伸びていた。
ただ、こんなに近くで寄り添う事がなかったからその大きさに気が付けなかったのだ。

紀美子は不意に泣きそうになった。
いつの間にか大きくなっていた守に、もう自分よりもずっとずっと大きい彼に、涙を見せたくなくて紀美子は目線を下げた。

俯いた目に手の上のアクアマリンの青が優しい。

紀美子がパニック障害になったのは三年前。
両親が離婚し、それぞれが新しい同居相手を連れてきた春が過ぎ、無理に笑う梅雨を越え、真夏の太陽が陽炎を作るなった時には、紀美子はもう追い詰められていた。

夕方のスーパーでの子供の泣き声。
信号待ちをする電車内の舌打ち。
そのうちに人が居るだけで怖くなり、音楽で耳を蔽っても外に出る勇気がなくなっていった。

追い詰められて駆け込んだ病院では何種もの抗不安薬もらった。
症状が出そうな時や、出てしまった時は即座に薬を飲む。

その為、水が手放せなくなった。

そして今、音は何とかできるが、水が手元にないと酷い発作が来るようになっていた。

パニックは思わぬところで襲ってくる。
何気なく入った家のトイレで、飲める水がないことに気がついたときは恐怖で吐きそうになり動けなくなった。
そして情けなさすぎて笑いながら泣いてしまった。

そんな紀美子を知っているのは三つ下の弟、別居した実父引き取られ隣の県の海の見える岬に越して行った守だけだ。

両親と親族候補者は誰も気がつかない。自分の事だけに集中していると、周りは何も見えないのだ。

「紀美子、大丈夫だよ。もう大丈夫なんだよ。」

守は微笑んだ。

「水の石が守ってくれるから、水が飲めないなんてことは起こらない。大丈夫、紀美子は必ず水を手に入れられる。」

守が紀美子をそっと抱き締めた。

「通うには遠いから一人暮らしする。紀美子……来て。」

呼び捨てにするのは生意気だと言って、喧嘩を売り、泣かせた小さな弟。
両親の喧嘩が始まると、守はいつも紀美子の腕の中で泣いた。

「小さい時は紀美子がいつも守ってくれた。今度は僕が紀美子を守る。」

紀美子は泣いた。
やっと泣いた。
そして気がついた。

必要なのはただの水ではなかったのだ。

必要だったのは命の源の海水と同じ塩辛い水で、それを飲むのではなく吐きだすべきだったのだ、と……。


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