土くれの恋情<038>
「ねーぇ、トム」
ああ、嫌気がさすね。
馴れ馴れしく縋ってくる猫撫で声にも、欝陶しい程に纏わり付くわざとがましいにおいにも、「なんだい?」と少し笑いかけてやれば最上の幸せとばかりに頬を染める馬鹿な女にも。
「じつはずっと前から気になっていたんだけど……、ソレ、大切な物なの?」
「これのことかな…?これはね、」
ベタベタと色を塗ったくった爪を乗せた指がさすのは鍵ではなく、それに付けられた碧が輝くストラップ。
「女の人から貰ったの?……ほら、例えば――“恋人”とか」
人の話を最後まで聞くなんてことも出来ないのか。
「ううん、これをくれた人はそんなんじゃないよ。……残念だけど、ね。フラれちゃったんだ。」
笑って流して腹の中を偽ってきたことは否定できないし、これからも止めるつもりはないけど。
少なくとも僕には君のいるところが最も居心地が良かったのは事実だったんだよ。
きっと君は解っていなかったんだろうね。完璧じゃなくていい空間があるってことで僕がどんなに救われていたのか。
仮に解ってたとしたら何故、いなくなったの?
怖いくらいに混じり気が無くて優しい君なら、自分を支えにしている人間がいればいなくなるなんて出来ないはずだろう?
――いいや、解ってたとしたら尚更“どうして”?
「その人信じられないわ!どうしてトムみたいな人に想いを寄せられて拒絶することができるの!?」
表面しか見れないような低俗なやつらの同情なんかいらないっていうのに。
僕はただ君がいてくれれば良かったんだよ。
「私ならトムをそんな気持ちに絶対させないのに!」
「ありがとう。けど、僕が彼女を振り向かせることが出来なかっただけのことだから……。」
「トム、あなたはどんなに優しいの!トムさえ良ければ私がいつでも相談にのるから…っ」
相談?冗談じゃない。
まず人の話を最後まで聞けるようになってから出直すべきだね。
第一、彼女のことを他のやつなんかに話してたまるか。
僕だけが知っていればいい。
僕のことだって彼女だけが知っていればいい。
良紀だって同じように考えていたんだろう?
きっと何か不本意な形で去らざるをえなかったんだろう?
大丈夫、安心して。
僕が絶対見つけだしてあげるから。
038:土くれの恋情
僕が君を見つけられるだけの力をつけるその時まで
ちゃんと大人しく待ってるんだよ、
――できるよね、良紀?
御題提供:追憶の苑様【切情100題】
帝王様の片鱗がw
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