指先ばかりが嘘を吐く<026>
「まさかこんな形で叶うことになるとはな……」
手を伸ばして指に絡ませたはずの髪は抵抗も無く指を擦り抜ける。
それは、いつの間にか手の中から姿を消す掬い上げた水に似ているかもしれない。
人形のように血の気のない顔に、沢山の管が繋がる腕。そしてシミ一つない綺麗な包帯。
相当な期間回復に専念しているという割には進んでいない治療を目の当たりに歯痒さばかりが募ってゆく。
「君のいない演習は退屈なんだ」
ぴくりと僅かに眉間にシワが寄ったのを見逃さなかった。
「……狸寝入りにはもう飽きたのか?」
返事は無い。だが、確信はある。
「あくまで寝たふりを突き通すつもりか。…まぁいいさ、それはそれで面白い。」
案の定不機嫌そうな瞳が姿を現したがそこで怯むような付き合いはもとよりしていない。
例えその瞳の片割れが白い眼帯に覆われていようと、だ。
「また自慢話?」
「自慢なんてしてるつもりはないんだが」
「絶対安静の私にとっちゃどんな話も自慢にしか聞こえないよ」
「それは悪いことをしたな」
「反省する気持ちがあるなら、さっさとこの部屋を出ていってもらおうか」
「断る――と言いたいところだが、私も暇ではないからな。10分後の会議に向
けてそろそろ失礼する」
「あんた何しに来たの。」
「ここにくれば気兼ねなく寛げるんだよ。ほら、他の場所だとどうしても人がいるだろう?」
「うん、来なくていいよ。」
「冗談だよ。戦友が困っているんだ、手を貸さなくてどうする。」
「誰がどう困ってると?」
「君が退屈に過ぎていく時間を持て余しているようだから話し相手にでもなろう
と思ってな。」
「なら、寝てた人間に触れるのはどうかと思うけど。普通寝てる怪我人わざわざ
起こしたりしないもんでしょ。」
「……それについては善処しよう。じゃあ、また来るよ」
返事の代わりにひらひらと揺れる手を見届けて病室を出た。
あれは、彼女の意識が目覚めた日のことだった。
ビリーと共にその日のうちに見舞いに行くと、回復には多大な時間を要すること、そして完全に回復するかどうかは結果でしかわからないということを教えてくれた。
たいしたことではないと時には笑いながら。やはりこの戦友は相変わらず“強い”と思った、そんな矢先の事だった。
部屋に書類を忘れたことに気付いて、それの回収を目的に病室のドアをノックをしようと手を掲げた時までは確かにそう思っていた。
微かに漏れる室内の空気に乗せて僅かな鳴咽を聞くまでは。
無理もない。利き目が塞がれた以上再びフラッグに乗れるかどうかは勿論、他の損傷で今後すらわからないのだ。
今の今まで気付くことは無かったが、彼女だって一人の人間だと、一人の女性だったんだとうずくまる小さな影に突き付けられた気がした。
頭を抱え込んだ彼女の手は震えていたが、私はどうしたら良いかわからずに壁に凭れそのままへたりこんだ。
思わずその不安の全てを忘れるくらいに彼女を抱きしめてしまいたい衝動を感じるなんて何を考えているんだ、私は。
彼女はライバルで共に戦う仲間でもあり、良き悪友だったはずだ。
「……くそ…っ」
これは私へ向けた何かの当てつけだろうか。
どうすることも出来なくて、どうしたら良いかなんて思い付かなくて、無力な自身へのやる瀬なさにただ堪えることしか出来なかった。
026:指先ばかりが嘘を吐く
つまり、だ。少しでも彼女を独りにしないようにと合間を見ては足を運ぶのは手を差し延べることも出来なかったあの日への罪悪感を紛らわすためで、実は彼女の為だけでは無いという事実。
ましてやそれも建前で、少しでも彼女の傍にいたいということが本意である。
これを知ればきっと戦友<彼女>はこんな私に失望するのだろう。
わかっているからこそ打ち明けられない事などいくらでもあるのだ。
お題提供:追憶の苑様【切情100題】
グラハムが先に想い始めるんじゃないかという妄想
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