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融解



「…良紀さん?」

部屋に置かれたソファーの中で、小さな体を更に縮こまらせ、くぅくぅと寝息を立てている存在。
その人物が誰であるかなんて分かりきっているのだが、コナツは声に出して確認せずにはいられなかった。

「良紀さんが寝てるの、初めて見た…」

ある種の感動と同時に、その寝姿に痛々しいものを感じる。

まるで、何かから己を守るように身を縮こまらせ、世界を遮断するかの様に塞がれた耳。


ブラックホークに所属している人間が何かしら闇を抱えている、というのは暗黙の了解。

その中でも、コナツの目の前にいる少女は小柄な体とは不釣り合いな、とてつもなく大きな闇を抱えているようだった。

コナツがそんな事を考えつつ掛けようとしたブランケットが小さな塊に触れるか否や――少女がむくりと起き上がる。


「ん……、だ…れ?」

「あ、おはようございます良紀さん」

「あー…寝ちゃってた」

覚醒していくに従って瞳の輪郭が浮上し、気まずそうに頭を掻く良紀の顔には明らかな疲労が浮かんでいる。

「良紀さん、ちゃんと寝てますか?酷い顔色ですよ」

「とりあえず毎日一時間は寝てるし大丈夫だって」

一日一時間。
信じられない数字を聞いてコナツは開いた口が塞がらない思いだ。

「仕事しなきゃ…、今日の予定って…」

「寝てください!」

「は?」

「今すぐです!1日一時間なんて、そのうち倒れちゃいますよ!」

「別に、大丈夫だよ。僕はそうできてるし、皆には迷惑かけないから」

その言葉に、コナツの頭の中で何かが音を立てた。

「いい加減にしてください!皆が良紀さんをどれだけ心配しているのか、分からないんですか!?」

いきなり大声で怒鳴られ、目を丸くしている良紀にコナツは続ける。

「みんな、良紀さんのことを心配してるんです!迷惑なんて、かけて構わないんですよ!」

「…そんな訳ない。わたし…僕は、闘わなきゃ此処に居ることが出来ないんだから」

そんな訳ない。
まるで自分の事を道具のように扱っている良紀の言葉はコナツの心に重くのし掛かった。

「良紀さんは、ブラックホークの一員なんです…皆、心配しますよ」

その言葉に、良紀はびくりと肩を震わせた。

「…心配なんてするわけない」

己に言い聞かせるように繰り返される言葉。
何がそこまで他人から己を閉ざさせようとしているのかは分からなかったが、それこそが良紀の『闇』なのだろうと、コナツは沸騰した頭の片隅でぼんやりと思った。

「とにかく、今日は寝て下さい!良いですね!?」

「………分かったよ」

コナツの激昂に圧されたのか、良紀は渋々と言った感じでソファーに転がった。

「…こんなこと、してる場合じゃないのに…」



融解



「無理。……寝れない」

一度起きた頭は堕ちる事を拒み、無理に捕まえようとすれば指の間を摺り抜け遠くヘと逃げる。
第一、寝ようと意識して寝れたことなどこれまで無かった。


「横になってるうちに寝付けるでしょうから」

そんな良紀を知ってか知らずかコナツは、"目を離すと無理をする"という前提で、傍らに腰掛け本を広げている。

「寝もしないのにこうしてるって凄く無駄だと思うんだけど…」

「無駄なんかじゃないです」

「やっぱ起きるよ」

どうしても自分を省みようとしない良紀の姿に、ズシリと重たく濃いものが胃の中に落ちた気がした。


「………どうして、そんなに焦るんですか?」

「焦ってなんかないよ、……焦ってなんかない。」

いつにもまして落ち着いた自身の声に、どこかで戸惑う自分を見つけたが何にも気付かなかったとばかりに無視をした。
良紀が若干寄せた眉間すら見てないことにして。

「充分生き急いでるように見えます。……まるで何かから逃げるみたいに。」

「……ッ」

怯えたように身を竦め、―頭を抱えているとも見える―耳を塞ぐ彼女の仕種で初めて気がついた。
今さっきどす黒い感情と共に吐き出した己の言葉こそが、彼女の恐怖を誘い、そのうえ闇の一部を無理矢理引きずり出したのだ、と。

いや、本当はこの結果を薄々感づいてはいたが気のせいだと自分に言い聞かせていたに過ぎなかった。


「…すいません」

「……さっきからホントわけわかんないよ、君。怒ったり謝ったり…」

返事が来たことに内心安堵するも良紀の目にいつもの孤高さは無く、触れれば脆く崩れ落ちてしまいそうな儚さすら感じられる――

それだけでもコナツのしたことの大きさは十二分に見せ付けられた。



「良紀さんをそこまで追い詰める元凶を怨むべきなのはわかってます……。けれど、同時に羨ましくも思ってしまう……


……そんな僕は"ナカマ"失格ですよね…」



"仲間として認めてほしい"
それだけだったのに、良紀を傷つけてしまった。

後悔は自嘲の笑いへと姿を変えて滲み出る。

その顔は迷子であることにまさに今気付いた幼子のようで、頼りなさげで泣き顔にも見えた。



「……知らないよ、そんなこと」

「同じ所に居ても違う場所にいるみたいで、同じ景色を見てても全く違った景色を見てるみたいなんです。何処までも透明で掴み所が無いというか……、本当に僕らはその目に映っているのかさえ確証を持てない感じで……。
羨ましいですよ、良紀さんの意識が常に向けられているんですから」

我が物顔で居座る重たい沈黙。


「……ごめんなさい、いきなりこんなこと言われても迷惑なだけですよね…。迷惑だとわかってた筈なんですけど…、やっぱり――例え想定していた事象だとしても――事実と直面するのは予想以上にショックだったみたいです。」



「ねぇ君、"コナツ"って言ってたよね」

「……はい」


「コナツの言う仲間って言うものがどういうモノかはわからないけど、一つだけ教えてあげる――…

僕は、此処が嫌いじゃ無い。だから、銃を握るんだよ。
そりゃ、確かに最初は命令だったからどうだってよかった……けど、今はアヤナミがいる。生きていられる。」

「良紀さん…」


少しだけ。
この少女の心の末端に触れた気がした。

空気のような良紀の中には確かに「アヤナミ参謀長官」が在った。


混沌とした闇の中に、アヤナミという光が良紀の拠り所なのだと、漸く理解した。

「良紀さんは…アヤナミ様のことが好きなんですか…?」

「…は?なにそれ」

「何て言えばいいのかわからないんですけど……、月並みには――"一緒にいたい"だとか"特に大切である"とか"その人についてよく知りたい"とか思うことなんですけど……」


「アヤナミは大切だし、望んで認めてくれる限りはここにいたいとは思うけど、よく知りたいと思ったことは無いよ。それについてはよくわからない。…でも、今現在僕がここに居られてる以上、僕は守るために生きてられる」


始めてみる彼女の笑顔は泣き笑いのようなものだった。


「これを"幸せ"って呼んでも良いんじゃないかなぁって――……コナツ?」


「あ、れ?すみま…せっ、な…っで涙なんかっ」

泣きたいのは良紀のはずなのに、

「痛いのは我慢しないほうが良いんだってよ。――もっとも、痛いって何なのか僕にはわからないけどさ、」



「そんなのズルいですよ……っ」

「そう?でもやっぱり要らないよ。なんかツラそうだから」

そして彼女はまた笑った。




≪curtainfall...≫

nepのBoohちゃんとの記念すべき合作!
あとでBoohちゃんとこのリンク貼っときますー

良紀の内心編ってとこですかね。
書いたの結構前なんで文体変わってます。サーセン。
どこがBoohちゃんでどこが私かわかるかなぁ……?

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