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グラハム:あなたの唇のあたたかさ


「良紀」



「起きてくれ。予約制じゃないから良い席を取るには早めにあちらに着く必要がある。君だってせっかくの新型を離れたところから見るのはつまらないだろう?」


「……ちゅう、い…」

「おはよう、良紀。悪いが、返事が無いので勝手に失礼させてもらったよ。それと今私は中尉ではなく上級大尉だ。」

「あれ…、あさ?」

「ああ。昨日、張り切っていただろう?"やっとあいつが見れるんだ"って。」

「…きのう……ぁ…いつ………っあああ!」

「目は覚めたかな?」

「すいませんっエーカー上級大尉!御見苦しいところを……ッッ」

「いや、普段の君とは違う一面を見れて今日はなんだかいい日になりそうだよ」




「仮にも軍人の端くれたる者、ベルで起きないばかりか寝ぼけるなんて……、数々の無様な有様……本当に申し訳ありません…」

結局あのあと、いつにないスピードで仕度を済ませて既にエントランスにつけてあった(仕事の速さがこういうところにも表れているかもしれない)、隊長の車にお邪魔させてもらっていた。

「全然気にしてないから謝るな。君が昨日…いや、あれはもう今日か。今日の朝まで仕事をしてたのは知っている。だが、熱心なのは良いことだが体を壊しては元も子もないだろう?」

「帰ってからの仕事の心配をせずに今日は楽しんで来たかったんです……」

「私と出かけるのをそんなに待ち望んで貰えて光栄だよ」

「当たり前じゃないですか!一つは隊長で決まってるっていうんで、皆でもう一つの枠の争奪戦、大変だったんですよ!」

「そっちにいってしまったか」

そりゃもう凄まじい貶合いでしたと先の激戦を思い出していると、部下達の舞台裏に隊長は苦笑いを零していた。
苦笑いをしていてもやっぱり隊長は隊長で、サマになっているのが何故だか悔しい。
そういえば隊長の苦笑いは初めて見た。
いつも自信に溢れた表情ばかりで、まさかこんな表情をするとは思っていなかった。

「……どうかしたか?」

「いっ、いえ!何でもありません!」

例え、隊長に心配そうな表情をされようと、まさか言えるわけがない。見惚れていたなんて言ってしまえば、きっと急落中であろう軍人としての私の株は底辺にまでたどり着いてしまう…っ。
ただでさえ夢の所為で妙にどうして良いのかわからないというのに。確かに隊長が出て来た夢だったような気がする。が、生憎私は夢を覚えられない性分のようで、いつもいつでも夢の記憶は抽象的、良くて断片的だったりする。


「寝ててもいいぞ」

「はい?」

「睡眠不足故に不可解な君の動きを見ているのも楽しくて良いが、肝心なときに寝てしまっては勿体ないし、残ることになった彼らが些か可哀相だ」

「あ……、すいません」

隊長に怒られた。何故だろう今日はすべてが裏目に出てしまう。昨日、無計画にも根を詰めすぎた結果がこれなら私はなんて愚図なんだろう。今日を楽しもうとしただけだったのに。やっぱり女のくせにフラッグファイターになるなんて、ガンダムに対抗するなんて無理な話だったのかもしれない。そういえば訓練学校でも言われたことがあった。『女のくせに』。女でも関係ない。そう思い聞かせてコレまでやってきた。それでも体力の無さ、力の弱さ、体の特性によるハンデは無視できないらしい。

「良紀…、何故泣くんだ。君は…。」

「なに言ってるんですか、隊長?わたしないてなん、か……っ!?」

震えていた声に自分で驚いた。
何故泣いているんだ私は。


「別に叱ったつもりじゃなかったんだが……」

「すいません、なんか、今日…ダメですね。私。」

自分の馬鹿さに笑いすら込み上げてくる。


「悪かった。君はよくやっているよ」

「こんな状態の私なんかより、彼らのうち誰かと代わってくればずっと良かったです……」

「そんなことはない。」

「やっぱりダメですね、私。女だからって言われるのが嫌だったくせに結局私自身が女だからって言い訳して逃げて」


頭が酷く痛む。
目も痛い。


「君は、……良紀は完璧を目指しすぎているんではないか?だから疲れてボロが出るんだ。いいじゃないか、失敗したら“ごめんなさい”で。そして失敗した
反省を次へ繋げていけば良い。少なくとも私の隊では皆そんな調子でやってるし、わざわざそんな彼らを糾弾して回る嫌な趣味をもったやつもいないぞ」

「たいちょー…っ」

「ほら、わかったら私に君の笑顔を見せてくれ。泣き顔も新鮮で悪くないが、君が泣くと私はどうしていいかわからなくなるんだ……」

走り出した車ではないが一度飛び出した感情は肩の荷が外れても急には止まらなくて、優しい上司を呼びながら私は噛み殺した鳴咽を漏らしている。
負の感情ではなく、心配してくださったいつもと変わりなく優しい隊長への感謝が混ざってしまい、完全に自身の舵を見失っていた。

隊長の肩から伸びた腕の先が私の頬に触れた。
そしてその指は表面(位置からしておそらくは涙の流れた跡だろう)を滑らかに這う。
人に触られているのに不思議と不快を感じはない。むしろ心地良いとまで言ってしまってもいい。
閉じた瞼に温もりを感じ、軽いリップ音がそれに続く。
苦しかったのが嘘のように、うたた寝のまどろみのような心地よさに包まれる。
この空間をもっと味わいたくて、気付いたときには譫言のように彼の名を呼んでいた。

「エーカー…たい…い……」

「やっと、泣き止んでくれたな」

ぴくりと指が反応した気がしたのはあくまで気のせいだろう。
だってこんなに優しく笑いかけてくる。なのに、動揺なんてしてるはずもないじゃないか。


「良紀、君は私にとって唯一無二なんだ。だからどうか一人で抱え込んで隠さないでくれ。君が見えなくなってしまえば目を開く行為に至る意味すらなくなる
。」

「隊長は…、エーカー大尉は私の目指すべき頂であり、光なんです。そうである限り私は大尉の下で操縦桿を握るつもり、です。……何と言おうとも、光が無くては人は生きれませんから。ですから、エーカー大尉が見えなくなるところになんて今となっては何処にも行けませんよ。オーバーフラッグスの皆、隊長が大好きなんです。」

「私とて、未だ頂を求めるものの一人だがそういう事なら尚更追い越されるわけにはいかなくなったな…。君達と出会えてよかった。本当、上司泣かせの良い部下達だよ。」

「信頼のおける仲間に、憧れの上司――、…こんな素晴らしいところ他にはありませんよ」




028:あなたの唇のあたたかさ


波紋はやがて拡がって。








お題提供:追憶の苑様【切情100題】







隊長はあだ名みたいな感じで使ってるというアレ←
上級大尉だと正式名称みたいな(笑)←

名前呼ばれて我に返って「ヤッベー手ぇ出すとこだったよ俺!何やってんだオイ
」っていうやつ←←←←(普段は隊長呼びだから反応してしまったという……、ね)

*←→#

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あきゅろす。
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