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この熱は何も溶かさないまま<027>

「カタギリ、良紀は何処か知ってるか?」
「良紀?良紀なら君の少し前に帰還してたはずだけど…」
「彼女のフラッグを見たからそれはわかってるんだ。だが、肝心の良紀が何処にも見当たらない」
「うーん……、ああ、あれじゃないか?」
「何!?」
「ほら、ブリッジの――」
カタギリの指の先に見慣れた色の髪が微かに揺れる。
髪なんていくらでも似たようなものがあるとはいえ間違いない、良紀だ。
見つけて安心したのもつかの間、何故あんなところに居るのか。何故あんなところで小さくなっているのか。それらを説明できる理由なんぞという物に心辺りがない。
近頃の彼女に悩んでいるそぶりなんて見られなかった。
悩み以外で独りを作るような理由には何があるだろう。……わからない。
ただ――一時の事だろうとしても――彼女が自分から離れた手の届かない場所に居るという今が酷く気に食わなかった。世間と、私から、その身を切り離しているのが嫌だった。

「良紀」

近くで声をかけても反応は無い。
頑なに閉じた殻を開けようと手を伸ばした。

――バシッ

「……良紀?」
「――っ、ぐ、グラハム!?」

正直な話、情けないことにぞっとした。
殴られた手の痛みになんか問題じゃ無い。戦場でも稀にしかお目に掛かれない純粋な殺気、にだ。

「ゴメン、」

唖然とする私に背を向けこの場を去ろうとする初めて見る良紀を、やっとのことで奮い立たせた自我が動かした手が引き止めた。

(良紀、だ)

細い手首も驚いて開く瞳の色も、何も変わっていない。
フラッグに乗ってるときはあの仰々しい名の通り、空を我が物にしていようと。
味方から見ればどんなにか心強い働きをしていようと。彼女は良紀で、良紀は彼女であることに変わりは無い。

「はなして」
「断らせてもらう」
「“イマ”のわたし、みたらわかる、でしょ」
「何かあるのか?いつもの君と同じようにしか思えないが」
「はなし、なら、…っあとできく、から…」
「今の良紀を独りに出来るはずが無い」
「……っなにするか、じぶんでもわかんないって、いってるのっ!!」

必死に神経細胞の反応を押さえ込んでいるんだろう歪んだ表情は実に苦しそうで、簡単には表せない辛さに耐えていることがよくわかる。

「だからだよ」

体格の差に任せて強引に引き寄せると流石の良紀も呆気なく腕の中に納められるしかなかった。

「なっ……ぐら、はむっ!?」
「ほら、こうすれば私を殴ることも出来ないだろう?」

腰へ回した腕に力を込めて可能な限り間を掃う。
近すぎる距離では力が入らないという人の機能を逆手にとって良紀に抵抗の余地を与えない。

「ばか、だよ…グラハムは。知らないフリすればいい、のに……っ」
「それは出来ない相談だ。ましてや君に関しての事なら殊更、ね。」

我ながら自覚はしている。
少々私は良紀に依存しすぎているかもしれない、いや確実にしていると。
さらに言えば、その依存は私からの一方的なもので彼女自身は露ほども私を必要としていないということにだって気付いてる。

「良紀……なぁ、良紀。」
「……な、に」
「君が墜ちたときには私の為だけに生きてくれ」
「……きめた。絶対に、墜ちない。」
「それでいいよ、それでいいんだ。」


027:この熱は何も溶かさないまま


だって何も生まれてないんだから






お題提供:追憶の苑様【切情100題】


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