グラハム:届かない願い
突如として増える圧力にももう馴れたものだ。毎日毎回見つけられるたびにこの感覚に襲われているのだから当たり前と言えばそれまでの話。
「中尉……、中尉の中身は一体何歳ですか?」
"見た目は子供、頭脳は大人"だから蝶ネクタイの彼は受け入れられているというもの。
その逆なんて"アダルトチルドレン"などと呼ばれ、社会問題として取り上げられている。酷いものなんて"ピーター・パンシンドローム"という名すらある。
子供だけの国<ネバーランド>へ連れていってくれる、永遠に子供を止めないヒーロー、ピーター・パン。それを夢見てると皮肉ったすえの名だ。
確かに中尉なら冗談を抜かしても、そういった夢見がちな行動を必ずやり遂げてくれることだろう。
――というところまでらしくもなく長々と考察したものの、"いい年こいて"といえば済むことに気がついてしまった。
「男とはいつまでも少年の心を棄てられない生き物だからな」
「何馬鹿なこと言ってないでそろそろのいてくださいよ……」
初めは恥じらうこともあったが今ではすっかり慣れたもので軽く驚く程度のみとなり、馴れとは恐ろしいものだと思い知らされている。
「君がこうするのに調度良い体格なのだからしょうがないだろう」
「私からしてみればただ邪魔なだけですけどね」
「そんなつれない態度にも私はそそられているんだがな」
「……口は禍のもとって昔の人も上手いこと言ったものだと思います」
一通りのデータ抽出を終えて踵を返すと容易に拘束を解かれ、私は再度自由を手にした。
存外簡単に開放されるのもいつものことで、それが強くは拒めない理由にもなっていたりする。
なぜこのように背後からの急襲に見舞われるのかを考え鬱々としてくる思考を溜め込んだ息に乗せてやった結果、計測を終えたプロトタイプを持って戻らなくてはいけない自身の仕事についてまで哀しさが迫って来た。
これではあまりに踏んだり蹴ったりではないか。
自分が好きでやっているんだからと無理矢理納得して、ジョイント部を外した部品を抱えた手に力を込める。
台車の上に乗せるまでの数歩間が嫌に長く感じた。
「いつも思うんだが、君ほどの技術者ならば喜んで助手をしようと言う者がいるんじゃないのか?」
「これは7割方、私の趣味でやっているようなものですから」
「それでも、君の手製の機器を見れるという付加価値のほうが大きいと思うがなぁ…」
「触らせたく無いんですよ、できるだけ。……特にこれは私が最初から最後まで私の力で育てたい。」
「しかし、女性の力でそのような質量を持ち上げるのは毎度、中々に骨の折れる作業だろう?」
「手を出してほしくないからこうして、昼休みや勤務時間外してるんで。」
「……君が心配なんだよ、私は」
珍しく真剣味のある言葉にもこれだけは譲れない。しかし心配してくれたものに適当に応えるのも憚られて、考える時間を延ばすために最後の一つに手をかけて持ち上げた。
「服で外からは解らないが、とても細い君の腰が悲鳴をあげてやないか……」
「………は?」
台車への道程を完走した達成感よりも彼の発言に思わず耳を疑った。
「普段はラインが隠されてるから初めて君に触れたときは驚いたよ」
「着太りなんかではなく、ただ予想外だったな。あの時は。」
人間、本当に驚いたときには表情が固まるというのは真実のようで、事実、私の表情も何とも言えないマヌケな様子で固まっていたことだろう。
「……中尉って喋りすぎなきゃいい人なんですけどね。喋りすぎなきゃ。」
「お褒めの言葉をありがとう」
「ああもう、何とでも好きにとってください」
この人だけは絶対に理解できる未来が来る気になれません。
021:届かない願い
既存の中尉像をこれ以上壊さないでくれないだろうか。
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