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グラハム:引き攣るこの想いだけを抱えて

迂闊だった。
余りに気を抜きすぎていた。
「ごほっ…げほ!……っっ!」
発作を抑える為に持ち歩いている薬を自室に置いてきてしまった。

『ちょっとー、ねーちゃんどーしたのー?』
『俺らまだナニもしてねーんだけど』
『ま、据え膳喰わぬは男の恥って言うし』

「が……、はっ」
罵る言葉を発することすら許されない。
ついには声が遠くから聞こえるように思えてきた。

『悪く思わないでネ』

伸びてくる腕。
嫌だ、触るな。


動け、脚―――――っ!







「よかった。呼吸が戻ってきたようだね」

「ぅ、いませ…っ」
「気にしないでくれるとありがたい。どうも私は、こういうのを見て見ぬふりにできない性分みたいだ。」
「ありがと、ございます…」
「それより、君は気をつけたほうがいい。最近、この周辺は輪をかけて物騒になっているから君のように可愛いらしい小鳥が歩くにはあまり相応しくない。」
「いつもはこの程度平気なんですけど……」
「じゃあ私の為に、今後ここいらの路地裏を使わないと約束してくれないかい?
……残念ながらいつも守れるというわけでも無い。君がまた危険な目に遇ってないか気が気じゃ無くなりそうなんだ。」

これもまた性分でねと言って悪戯っぽく笑った彼に、思わずつられてしまった。


「やっぱり君には笑顔が似合うな。」
「……っ」
「照れたところも愛らしい」
「からかわないでください!」
「からかってなどないさ。ただ、君の笑顔があまりに魅力的だったのでね。」
「もう勝手にしてください…!!」
「ところで、私に可愛い小鳥の名を教えてはくれないかい?いつまでも『君』と呼ぶのも中々、気を使わせるうと思うのだが……」
「……良紀=九世」
「良い名を付けてもらったね。
遅れたが、私はグラハム=エーカー。良紀とはもう一度逢えそうな気がするよ。」
「グラハム=エーカー……?」

なんだろう、昔どこかで聞いたことがある。
きっと、気のせいだ。
こんなに、笑顔が綺麗な人が軍人であるはずがない。

「そう。……グラハムとでも簡単に呼んでくれ。」








「ぐらはむ、えーかー…………?」

『おや?、私も随分と有名になってしまったみたいだな』

『うそ…でしょ………?なんで、ぐらはむ?……え…どうして…』

『その声は、まさか……良紀かい?』

『嘘……』

『君、軍人だったのか?』

『嘘……、っ違う!私は良紀なんかじゃない!!』

「良紀どうかしたのか!?」
あの時の私の耳には仲間からの呼びかけなど、全く受け入れられてはいなかった。

『良紀、君とは戦えない』

『ふざけるなッッ!』

「おい!良紀!!聞こえてるのか!?……くそ!そこ動くなよっ!」

『ふざけてなんかないよ。私はいつでも大まじめさ。……良紀を傷つけることは出来ない。』

『…っ…でっ…なんであなたが此処にいるの!!』



『君ごと私を斬ろうなんて乱暴だな。やっぱり君は気をつけたほうがいい。』

鈍い銀色の光を少しだけ残して消えた機体。
視認できたときには既に背後で相手のボディに歯を食い込ませていた。
無駄の無い動きで振り抜くと、その見慣れた――特に特徴の無い――量産型は簡単に分裂(わか)れて、爆ぜる。

『……え…?』
さらに休まる間もなく、話しを遮ろうとでもいうような砲撃が掠める。
無惨な欠片が辺りに散らばるなかピンポイントで打ち込まれたそれは狙い通り、私と鈍い色を発するフラッグとの距離を作らせていた。


『いつでも守れるという訳でもないからな…。……じゃあ私はそろそろおいとましよう。君の友達が迎えに来たようだ。』

『そいつから離れろ!!』
出元は、外へ溶け込み混ざり合ってしまいそうな深緑に載った友人で、やっと彼に気付いたころの私はもう、何が敵で何が味方なのか訳が解らなくなっていた。

『良紀を、頼むよ……』

『お前なんかに言われるまでもねぇ!良紀大丈夫か?!、……おい!』
ただ、震える体をひたすらに、力の入らない両手両足で拘束し押さえ付けること
だけで頭は飽和状態だった。




「……っ」
気付いたときには、ベッドの上だった。
起こした体のせいで布団にシワがよる。

「っが……は」
酷く苦しい。呼吸が出来ていないんじゃないかと錯覚するほどに、……いや、実際出来ていないのかもしれない。

「落ち着け、大丈夫だ。」
苦しさに丸めた背中を摩る手と呼びかける声。
それらは私を落ち着かせるのには充分だった。


「ごめん、ロックオン……。もう大丈夫。」
「心配させやがって…。お前があんなに取り乱したとこ初めてだったし、よりによって相手はあのフラッグだし、極めつけに無線には返事がこねぇしでもー……
ホント、心配した。」
「ゴメンね……」
「……よかった。良紀が生きてて。」
「ゴメン……、もうだいじょうぶ…」
「泣きそうになりながら大丈夫っつわれても説得力無いぜ?」
「……っ、ゴメン」
「良いからもう謝るなって……」

「だって、もう、怖いよ……。怖い……。」
「何があったかは知らないが、何かしら解決策はあるんじゃないのか?」
「戦争終結しか…ない…よ。でも戦わなきゃ終わんない……。戦争を終わらせるための戦争…、戦いを無くすためには戦わなきゃいけない、戦わなきゃ戦いは無くならない……。なんかわけわかんない……、いっそ理由なんて考えないほう楽だよね」
「なんで笑うんだよ……」
「…笑ってなんかないよ?」
「泣きそうな顔して笑ってる」
「うそ……」

浮遊感の後に身の不自由さを感じる。

「大丈夫なんかじゃなくていいんだ、辛いときは…。頼むから隠すなよ…。大丈夫って言う度に押し殺してるの知ってるから、……良紀が大丈夫だって言うの見てるこっちが苦しくなる」

「…今だけ、今だけだから……ぅ、く…っ………う…」

彼の優しさに甘えるのは、今で最初で最後だ、絶対。

既に私を閉じ込めているロックオンに縋り付くことで疼く痛みを耐えようとしていた。




020:引き攣るこの想いだけを抱えて


私は、きっと
あの光を伐てない。

その限り、次が私の最期。


神様なんていないから天に召されることもなく無に還るのだろう。
――殺すのは私の心――




一目惚れだったって言ったら笑うかなぁ。

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あきゅろす。
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