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落下人(ディルサト)
*牧物ふたご村 ディルサト
*ほんのりほのぼの
*野生児サトと心配性ディルカ



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空から少女が降ってきた。

なんて物語が確かあったっけ。
そんなのはフィクションで、普通ではありえない話だ。オレは実家のテレビでその話を見る度に思っていた。そう、確かに思っていたんだ。
つい今しがた、空から落ちてきた少女をこの腕で抱き止めるまでは。



「ディルカ、あの、ごめんね…?」



空から落ちてきた少女、もといサトは実に申し訳なさそうに眉尻を下げた。オレが怒っていると思っているのだろう。叱られるのを悟った子犬のように、小さくなって俺の様子をおずおずと伺っている。

そしてサトの予想通り、実際にオレは非常に怒っていた。
落ちてきた身体を受け止めたときに勢いよく地面についた尻餅が痛かったからじゃない。昼飯にと食べかけていたサンドイッチが地面で見るも無惨な姿になっているからでもない。

サトが幾ら注意しても無茶をやめようとしないからだ。

空というのは少し誇張表現で、実際は木の上からの落下だったが、やはり危ないことに変わりない。野性味溢れるサトのことだ。虫を採るため何ら躊躇いなく木に登ったところに、オレがその下で昼飯を食べ始めたものだから、降りるに降りられず、そして伸びをして空を見上げたオレとばっちり目が合い、驚いて手が滑って―――。
と、まぁ、おおかた真相はこんなところだろう。サトの無茶に何度も何度も付き合わされたんだ、事情なんて聞かなくても状況だけで詳細まで予想するぐらいわけない。

不名誉な経験値を得てサトが起こしたことの予想ができるようにはなった。しかし、オレはごくごく普通の一般人で決して超人じゃない。どんな危険がこれから起こるか、なんてことまでは流石に予想できやしない。今みたいにサトを受け止められたのも、正直なところ偶然以外の何物でもない。


もしも、偶然も奇跡も一切起こらない中でサトが今のような無茶をしたならば―――。

そんな想像をすれば身も凍る心地がする。オレがいないところでサトが無茶をして、その身にもしものことがあれば、きっと後悔してもしきれないことだろう。

だから、そうならないようにと此方は必死になって止めているというのに。当の本人はどこ吹く風で相変わらずふわふわしたまま。危ない目にあっているという自覚がない分、余計にたちが悪い。

嗚呼、大事に至る前に本腰を入れて諭さなければ。



「サト」



できるだけ真剣な顔と声で向き合う。怖がらせたいわけじゃないから、あくまで落ち着いたトーンで。サトの行動は危険で、オレは超人的な力を持たないただの凡人にすぎないということを確認するために。そして今後こんな無茶をしないよう約束するために。



「いいか、サト。木に登るのはサトが思ってる以上に危ないことだ」

「ごめんなさい…」

「今回はたまたまオレが下にいたからいいものの、もし次に同じことがあってもオレがそこにいて助けてやれる保証なんてない」

「うん」

「知らないところでサトが危ない目に会っているかと思うと、気が気じゃなくなる。嫌なんだ」

「…うん、わかった」

「だからこれからは」

「これからは私、ディルカが側にいるときだけ木登りすることにするね」

「えっ」



思わず間抜けな声が漏れた。
違うんだサト、お前は全く何もわかってない。オレが言いたいのはそういうことじゃなくて、もっと根本的な問題だ。条件の良し悪しじゃない。
そう主張しようとしたけれど、間髪入れずにサトが言葉を紡ぐ。



「ディルカ、いつも守ってくれてありがとう」



オレをまっすぐに見つめるアメジスト色の瞳。その純粋さ溢れる感謝と信頼に応えたい、守りたい。そんな願望が心の中に芽生えて根を張ると、小言を言いたい気持ちは急速に萎んでいった。

“好きな人のためのヒーロー”
それは一般人のオレにとって甘美で危険な言葉だった。必ずなれるという保証はない。けれど、もしもそのポジションを勝ち取れたなら、どんなに名誉で幸せなことだろう。
複雑に揺れ動く男心を知ってか知らずか、気持ちを吐き出したサトが満足そうに微笑む。不意打ちで向けられた幸せそうな顔。その愛らしさにほだされ、余計な肩の力が一気に抜けた。最初の怒りはどこへやら。もう駄目だ、考え足掻く力すら湧きやしない。男のプライドと夢を突かれた、まさに見事な完敗だった。


凡人から君だけのヒーローに昇格しました

(筋トレから始めるかな…)

end


*

冒頭の「空から〜」はもちろんあの天空で城のアニメです。

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あきゅろす。
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