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カエル畑で夏祭り
*カエル畑 広瀬→風羽
*ピュアと黒が混ざった広瀬
*付き合ってない2人が夏祭りデート中




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「菅野さん、何味にするか決めた?」

「すみません、もう少しお待ちいただけますか…?」


眉尻を下げてからの上目遣い。こんな風にお願いされては、断れるはずもない。ましてや、相手が自分の好きな子ならなおさらのこと。そして菅野さんの場合は、無自覚でこういう可愛いことをするから少し困る。他の男にも同じことをしていたら、なんて。柄にもなく嫉妬している自分がいる。もしもそんな場面に遭遇したら俺は冷静でいられるのだろうか。いや、かなり辛辣な言葉を相手の男に浴びせることだろう。しかも、これ以上にないほど満面の笑みで。

なんて、嫌な方向にむかいそうな思考は頭を振ってかき消し、改めて隣の菅野さんへと目を向ける。彼女はというと、先ほどからずっと屋台の看板に釘付けだ。たかがかき氷、されどかき氷。こんなにも懸命に味選びをしているところを見ると、どうやら随分とお祭りに来ることを楽しみにしていたらしい。思いきって誘ってみて良かった。彼女の真剣な横顔を見つめながら、内心でほっと息をつく。


「広瀬くんはもうお決めになりましたか?」


看板と見つめあっていた瞳があげられて、視線が再びかち合う。澄んだ海のような色をした瞳に見つめられて、心拍数が一気に跳ねあがる。落ち着け、落ち着け、俺の心臓。悟られまいと、表面上でなんとか平静を装い笑ってみせる。彼女の様子を見る限り、この動揺は伝わってはいないようだ。


「メロン味にしようかと。菅野さんは、何で迷ってるの?」

「メロン味とイチゴ味で少々…」


普段は思い切りのいい彼女にしては珍しい、歯切れの悪い言葉。どうやら相当迷っているらしい。じっと俺の目を見ているのは、単に何か意見を求めているからだろう。
そうはわかっていても、どうにも見つめられると弱い。酷く心臓に悪いのでやめてほしいと思う反面、もっとずっとこのままでいたいとも思ってしまう。我ながら随分と矛盾のある回答だ。もしかすると、頭が熱に浮かされて考えることを放棄してしまっているのかもしれない。それほどまでに、彼女の存在は俺に大きな影響を及ぼすようだ。

嗚呼、心臓の音が酷くうるさい。


「それなら菅野さんはイチゴ味にしなよ。そうしたら、俺のメロン味と交換できるし」

「おぉ、なるほど!」


それは名案だ、とばかりに菅野さんは嬉しそうに笑った。彼女の笑みは純粋で真っ直ぐで可愛いと思う。けれども同時に、男としては非常に心中複雑であったりもする。
菅野さんにとっての俺はきっと友人でクラスメートで部活仲間で。それ以上の関係なんて、これっぽっちも考えていないのだろう。安心しきった笑顔がそのことを物語っている。
一方の俺はというと、夏祭りへの誘い文句を三日三晩かけて考え、承諾をもらえてこれ以上ないほどに喜んで、浴衣姿の彼女の可愛さにこんなにも心を乱されているというのに。
二人の間に認識のズレを感じるのは俺の心の問題で、菅野さん自身に非があるわけでは決してないけれど。ただ、俺ばかりが意識しているのはどうにも不公平な気がしてならない。

せっかく二人きりなのだから、彼女にももう少し意識してほしい。

俺という人間を、友人以上の存在として。



「でもいいの、菅野さん?」

「何の話ですか?」

「だって、味を交換するってことはストローも一緒に交換するってことだよね」

「広瀬くん…?」



小首を傾げ、菅野さんは不思議そうな顔をする。そんな鈍くて可愛い彼女にも分かりやすいようにと、腕ごと引き寄せて距離を詰める。ひらひら揺れる袂から伸びた腕は細く、抱き止めた身体も自身の想像よりずっと華奢だ。うなじから香る花の匂いに心臓が跳ねて勢いよく血液が身体中を巡る。自然と引き寄せられるように耳元に唇を寄せれば、少し強ばった小さな身体。緊張と驚きが触れ合った肌から伝わってきて、自然と笑みがもれた。

そうだ、俺の思いも願いも、そしてこの心音もすらも熱と共に全て届いてしまえばいい。ほんの少しだけでも、鈍感な彼女が俺のことを異性として意識できるように。



「それって、間接キスになるんじゃない?」

「!?」



みじろいだ身体に気付いて腕の拘束をすんなり解けば、飛び退くように菅野さんの身体が離れる。いつもは冷静な彼女の頬が赤みを帯びているのをみるのは、今日が初めてだ。
可愛い浴衣姿も拝めたし、凄く貴重な表情も見られたし、普段はすこぶる運の悪い俺にしては随分と役得だと思う。それこそ、後に何か大きな面倒ごとに巻き込まれないか心配になる程に。


それにしても、俺の思惑は見事に成功したようだ。

沸き上がる笑みを噛み殺して彼女を見やれば、様子を伺うような瞳と視線がかち合う。無防備なのももちろん可愛いけれども、やはり少しぐらいは警戒してもらわないと。俺だって男なんだから。好きな子とどうこうなりたいってやましい気持ちが一切ない訳じゃない。異性である俺のことを警戒して、そして意識してくれればいい。


いささか邪な願いを浮かべながら、今度はまるで何事もなかったかのような笑顔で選択を促す。

かき氷の味はイチゴか、メロンか、はたまた両方か。

彼女がどんな答えを出すのか、怖くもあり楽しみでもあり。これからの2人の関係が少しずつでも変わればいいなんて都合のいい想像をしながら、まずはメロン味を一つ注文する。
小銭と交換に受け取ったかき氷はあと数分もすればきっと液体になってしまうだろう。全ての氷が溶けきるまで、選択のタイムリミットはあともう少し。



アイムクラッシャー

(崩れたその先が見たいんだ)

end


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あきゅろす。
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