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少女と秋
*死神と少女 日生と紗夜
*実は千代←紗夜のお話
*先輩とお嬢の腹の探りあい




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「お嬢には、誰か忘れられない男でもいるのかい?」

「それは、どういう意味ですか?」


質問に質問で返さないでよ。
なんて、日生先輩に苦笑いで咎められてしまったけれど、私には自分の中に生まれた疑問を撤回する気はない。問われた言葉の意図がよくわからなければ、私としても答えようがない。悪びれることなく屁理屈をつき出せば、日生先輩はまた笑った。今度のは少し意地の悪い笑みだった。


「ときどき、お嬢は小さな独り言を呟くだろう?まるで、そこに誰かがいるみたいに」


ドキリ、とした。
日生先輩は本当によく私を見ている。誰にも気付かれていないだろうと思っていたのに、まさか知られているなんて。動揺を必死に内心に留めている私の気持ちを知ってか知らずか。まぁ誰もいないんだけど、なんて大げさな手振りをつけながら日生先輩が笑う。今度のは茶目っ気のある笑み。

――大丈夫。
千代さんのことまでは勘づかれてはいない。
焦りと不安が一気に確信と安堵へと変わり、やはり内心だけでほっと息をつく。
私と蒼と桐島先輩にしか見えていないと分かってはいるにも関わらず、思わず身構えてしまった。それほどまでに、日生先輩の勘は鋭いから。千代さんが見えなくても、そこに居ることがわかってしまったのかと思ったけれど。さすがの先輩でも、目に見えない者を感知することはないようだ。私の単なる杞憂で終わってよかった。けれども、これから千代さんに話しかけるときは、もっと周囲に気を配ることにしよう。

と、思考が反省に落ち着いたところで、ふともう一つ疑問が沸いてきた。私が日生先輩に独り言(に見える千代さんとの会話)を見られていたことはわかった。小さな声で話していたから内容が伝わっていることもないだろう。けれども、それだけならば…。


「何故、独り言から“忘れられない男性”に繋がるのですか?」

「あれ、お嬢また質問?」


肩を竦めて笑った日生先輩の瞳には少なからず呆れが混じっている。それもそうだろう、私は問われた内容に答えず自分の疑問ばかりを投げ掛けているのだから。対人関係の基本を無視した、一方通行も甚だしい。けれども一度抱いた疑問は解消しなければ気がすまない。ミステリー小説でいえば、事件の真相がわかるまで一気に読み進めてしまうパターン。つまりは、好奇心こそが私の価値基準なのだ。

堂々と開き直って日生先輩に笑みを向ける。きっと随分と綺麗に笑えていることだろう。一方日生先輩はというと、小さくため息をついて緩やかに頭を振った。どうやら今回は私の勝ちのようだ。


「…お嬢は、独り言を呟いているときの自分の顔って見たことがある?」

「いいえ。あいにく鏡に向かって独り言をいう趣味は持ち合わせていませんので」

「だろうね。じゃあさ、一度見てみなよ。独り言を呟いているときの君自分を」



日生先輩がその長い指で長方形を作る。絵画の額縁か、はたまたカメラのフレームか。枠を模した中に私を収めて、そうして日生先輩が笑う。



「愛しい男を見つめるような、その熱い眼差しを、ね」


それは深く深く、底知れぬ笑み。先輩には、今の私はどのように見えているのだろうか。長い指で囲われたフレーム越しに見つめられると、まるで全てを見透かされているような居心地の悪さを感じてしまう。

嗚呼、やはり日生先輩の洞察力と勘は油断ならない。

胸に押し寄せてきたのは畏怖と感嘆。相手の手強さを改めて確信したところで、今度こそ私は隠すことなく盛大なため息を一つついた。


眼差しは語る

(叶うことなき、この愛を)


END


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あきゅろす。
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