夕焼けアンブレラ *祐大は男の子、智沙は女の子 *二人は幼なじみ *両思いだけど片思い ────── 「また傘忘れたのか」 ぼんやりと空を見上げていた私の耳に届いたのは、よく聞き慣れた小憎たらしい低い声。しっかりと聞こえはしたものの、素直に振り返るのはどうにも癪だ。そのまま素知らぬ顔でもしておこうかと雨雲を見つめていたら、コツン、景気のいい音が頭部で響いた。 「…痛いんだけど、祐大」 「無視しようとする智沙が悪い」 いや、だからって頭を傘の柄で叩くのは駄目でしょう。加減はしてくれてたみたいだけど、地味に痛いし。あと、仮にも私は女の子な訳だし。 目線で抗議はするものの、当の本人はどこ吹く風だ。悪びれもせず、むしろ自信満々に堂々とどや顔で私を見下ろしている始末。呆れる。全くもって呆れる。呆れすぎて、罪悪感すら深い溜め息と一緒に全部流れ出てしまったらしい。何だか胸がムカムカしてきた。 いつもそう。 この男は私の言うことなんてちっとも聞かず、くだらないことばかり仕掛けて何かと私に絡んでくる。祐大から被害を受けたことは星の数ほど数知れず。訴えても抗っても、小さい頃から変わらないふてぶてしい態度。いくら幼なじみだといっても、ちょっと遠慮ってものを知るべきではないだろうか。 本当、実に小憎たらしい男だ。 (嗚呼、胸がムカムカする!) 「私に何か用?」 ツンとした物言いで突き放せど、祐大の態度は相変わらず。やはりどや顔のままで、私をじっと見下ろしている。ふと、二人の間に生まれたのは無言。その異様空間に、胸がムカムカざわざわ。何だか、凄く落ち着かない。 「ねぇ、祐大」 「赤」 「…はっ?」 「俺の傘、赤色なんだよ」 「うん、まぁ確かに赤いけど…」 「俺は青が良かったけど、母さんは赤を買ってきた。だから赤い傘」 「ふ、ふぅん…?」 沈黙を破るためとはいえ、かなり唐突な話を振ってきたな、なんて。心の動揺が思わず曖昧な返事となって口から漏れる。そんな私の心境をどうやら祐大は読みとったようだ。そんなのも分からないのか、仕方ないな、といわんばかりにフワリ、静かに笑った。 それは、久しぶりに見た祐大のとてもとても優しい笑み。 昔、迷子になった私を迎えに来てくれたときに見せたものと同じ笑み。胸が、ムカムカざわざわ。心臓の音が妙にうるさい。 (何よ、何よ!) いつも意地悪なくせに。 無意味に上から目線のくせに。 確かに、私はよく傘忘れるしたまに空気読めなかったりするけど。そもそも昨日の天気予報では雨だなんて言ってなかった訳だし。更に冷静に考えれば、そんな無茶振り話で全て悟れだなんて不可能な話ではないか。 一番仕方ないのは私じゃなくて祐大自身に間違いない。 それなのに。 そんな風に笑われると、意地悪だって理不尽だって思わず許してしまいたくなる。 (嗚呼、祐大はズルい) そんな不意討ち、反則だ。 「智沙、赤色好きだったろ?俺はいらないからお前にやるよ」 ズイッと差し出された赤い傘。押し付けられた柄を握りしめる間もなく、祐大は勢いよく走り出した。大きな雨粒の降りしきる校外へ、赤い傘を私の手元に置き去りにしたまま。 動けず、止められず。立ち尽くすばかりの私が見つめる先には、柔らかく温かな色。 その昔、迷子だった私と優しかった祐大が見た、大きな夕焼け空の色。 ずっと、今も、私が大好きな赤い色。 「…バカ、風邪引いても知らないから」 誰に届くこともない悪態は、独り言となって雨音にとける。 いつもそう。普段は変なちょっかいばかりかけてくるくせに、結局最後には私を甘やかす。優しく、優しく。ひたすらドロドロに、じわじわと確実に。そう、他の誰も目に入らなくなるほどに、私を地の底へと貶める。ずっと、私の心を捕まえて離してくれやしない。 (やっぱり、祐大は意地悪だ) ますますひどくなるばかりの雨音と心音。耳障りな心地よさを掻き消すように、勢いよく傘を開く。 視界いっぱいに広がる赤色、私の大好きな色。自身の体温で生暖かくなった柄をきつく握り直せば、胸のざわめきがもっとずっとひどくなった気がした。 夕焼けアンブレラ (それは、私の恋の色) END * ブログから再録の一次オリジナル小話。 互いに素直になれないケンカップルな幼なじみは大好物です。 両思いなのにチグハグ、だがそれがいい。 ちなみに二人の名は“ゆうだい”と“ちさ”と読みます。 [*前へ][次へ#] |