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たくよーさん
相互お礼品
*親愛なる沙月雨鹿様へ捧ぐ、相互お礼小説
*パニパレ 乃凪×亜貴
*亜貴ちゃんがある意味乙女ちっく


〜〜〜〜


「あれ、依藤さんは食べないの?」


乃凪先輩が不思議そうに小首を傾げながらズイッと私の方へと差し出したのは紙でできた小さな袋。けれど私はそれを受けとることはせず、首を左右へと何度も振り否定を示す。


「すみません、今はちょっと…」


やんわりと断りの言葉を入れつつ、しかし、自然と視線は袋からはみ出たもの──たい焼きにどうしても釘付けになってしまていった。

ふんわり漂うほのかな甘さと、ほっこり温かげな湯気。いつもの如く山盛りであった風紀の仕事を抱えて困りはてていた乃凪先輩を手伝った御礼として、真朱先生が差し入れてくれた。それがこのたい焼きだ。
焼きたて、もっちり生地の優しい定番の味。その魅惑的な香りが、小腹の空いた私の食欲を刺激する。私がこの美味しそうなたい焼きたちに手を伸ばしたい衝動に駆られるのも、はっきり言って無理はない。

ただ、私はここで誘惑に負ける訳にはいかなかった。

そう、負けてはならないのだ。



「もしかしてダイエット中とか?」

「っ…!!」


憎むべきは彼のストレートな指摘か、はたまた分かりやすい自身の態度か。
痛いところをつかれ、思わず隠しきれない動揺の声が漏れる。
どうして先輩はこんなにも細かい変化に鋭く、また私はこんなにも嘘が下手なのだろう。
妙な合致によりあっさりと目論みがバレてしまったことに、込み上げるのはひたすら羞恥心。乙女の名誉という観点でいえば、事態はかなり最悪かもしれない。

先輩の推測の通り、私はいまダイエットという一大プロジェクト決行の真っ最中である。
一大、といっても具体的にいえば昼食を控える程度のことだけれど。それでも、自分の杞憂や悩みが改めて人前に晒されるというのは、精神的にくるものがある。…気がする。

けれど、これは私自身との戦い。ひいては、私のお腹回りにまとわりついた小憎たらしい脂肪との戦い。
空腹であろうと、羞恥心であろうと、私のダイエット計画の障害となり得るものとは徹底交戦の姿勢で臨むのみ。



「大丈夫ですよ、無茶はしてないですから」

「ちなみに、今日のお昼のメニューは?」

「…サラダのみ?」

「さて、依藤さんはこし餡派かなー」

「た、食べないですから!!」


ほくほくとたい焼きをつぶ餡、こし餡に仕分ける先輩を慌てて止めて、ひっそりとため息。
まぁ確かに自分でも多少無茶したかなとは思う。現に、私の正直なお腹は今でも鳴り出しそうな勢いだ。優しい先輩が心配してくれている気持ちも凄くよく分かる。よく分かる、けれど。

それとこれとはまた話が別だ。

これもまた一種の女の子の意地みたいなもので。だから、どうしても譲れない。


「意思は固い、と?」

「はい、すみません…」


心配そうに眉尻を下げる乃凪先輩とゆるゆると首を横に振る私。
差し出された好意を全て無下にしてしまった気がして、自然と申し訳なさに頭が下がっていく。

お腹が空いた。
これ以上体重を増やしたくない。
先輩の優しさが嬉しい。
今さら食べたいだなんて言えない。

ジレンマが脳内を支配して、私の思考を錆び付かせる。ぐるぐる巡る葛藤。やはり手を伸ばそうか、いっそ逃げ出そうか、どうしようかと文字通り頭を抱えしまうほどの勢いでうんうん唸っていたそのときだった。

はい、と先輩が私へと差し出したもの。
それは甘い香りのするたい焼きの──


「半分?」

「餡の少ない尻尾の方だから、大丈夫だよ」


はい、とあまりに自然に手渡されたものだから、思わず受け取ってしまった。幾分か小さくなった、たい焼きのその一部。ほんのりと指先に広がる温かさが、あんなにも頑なであった意志をじわじわと溶かしていくのを私は確かに感じていた。
ほんの少しだから大丈夫だよと、私を見つめる瞳が優しく笑う。きっと、彼は今の私が無理をしていることに気付いているんだ。見栄に捕らわれて、素直に手を伸ばせないことを知っている。
周りからみればくだらないであろうちっぽけな意地を、笑うでもなく呆れるでもなく、乃凪先輩は尊重してくれた。尊重した上で、私に素直になるための道を指し示してくれたのだ。

そんな風に乃凪先輩があまりにも優しいから。
たい焼きがあまりにも美味しそうだから。
嗚呼、くだらない乙女の意地が、プライドがみるみる崩れていく。


もはや細い意志の糸一本で繋がれただけの、ちっぽけな私の我慢。
誘惑と理性の間で板挟みにあい、いま、絶対であると信じていた決意が大いに揺れている。
たい焼きを手に持ち、次に取るべき行動を決めかねていると、そこに先輩からの更なる追い討ち。


「それに、依藤さんにはあまり無理はして欲しくないかな。俺は、そのままの君が好きだから」



驚いて、弾かれたように顔をあげれば、柔らかいけれどもどこか真剣な色を帯びた瞳と視線が交差する。
無理はして欲しくないと、そのままの私が好きだと、乃凪先輩は微笑んでくれた。その真っ直ぐな言葉が、眼差しが、ついにはくだらないプライドを綺麗さっぱり打ち砕いた。


考えるまでもない。
明らかに、私の完敗だった。



「…いただきます」


恐る恐る手にしたたい焼きを一口頬張れば、口内に広がる控えめな甘味。二口、三口と食べ進めるほどに、あんなにも囚われていたダイエットだなんて思考は遥か彼方に消え去っていたのに気が付いた。
乙女心から生まれた意地をなくしたその代わりに私に与えられたもの。それはほんのりとしたたい焼きの温かさと、乃凪先輩の優しい笑み。
今しがた得た2つの甘さは、私の空腹の身体を、そして心を幸福で満たしてくれるような、そんな気がした。


小豆色の誘惑

(それは、私をいざなう甘い罠)

END




遅くなりましたが、親愛なる沙月雨鹿様へ捧げる相互お礼の品でございます。
年頃の女の子って過剰なぐらい体重増減やらダイエットに反応しますよね。亜貴ちゃんはむしろもうちょっと太っていいぐらいの細さだと思っています、個人的に。
とりあえずナチュラルに亜貴ちゃんを口説く乃凪先輩はもう少し自重の方向で!
沙月様、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。


あきゅろす。
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