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雨々降れ触れ



図書館を出て空を仰げば雲は鈍色。
風も埃っぽい匂いが漂い、いやに水気を含む生温い空気になっていた。
そろそろ雨が降る。
そう思い家への帰路を少し早足で辿っていると頬にぽつりと冷たい感触。
顔を上げると更に大きな粒が肌に当たって弾けた。
一粒、二粒、三粒、四粒。
段々間隔が狭くなり、所狭しと水の粒は落下する。


「降ってきちゃった」


傘を使わずに帰ろうと急いでいたのに間に合わなく、何ともやるせなくなった。
持ち歩いていた傘の柄に手をかけて広げる。
掲げた頃には小雨だったものが傘に強くぶつかる土砂降りへと変化。
雨が地面に跳ね返り、たった数秒で足元がずぶ濡れになってしまった。
私は気持ち悪い靴の感触に溜め息を吐く。
かなり憂鬱だ。


「どうもー」
「あ、あなた…」
「毎度ウチの店をご贔屓にして下さり有難う御座います」


突然横から大きな影が傘に割り込んで来る。
入って来た人物を見れば見覚えがある風貌の男性で、身体を折り曲げたまま無理矢理傘の下へ潜り込んでいた。
『ウチの店』と言った男性は家の近くにあるちょっと寂れた駄菓子屋の店主、浦原さん。
私は学校の帰り等によくその店へ寄ってしまう常連である。

そして浦原さんはかなり癖のある人物で、見た目の格好からしても怪しい。
口許は大体手持ちの扇子で隠し、甚兵衛を緩めに着ているためかルーズな雰囲気を漂わしている。
それに加え、不精髭、深く被られたチューリップ帽子、ボサボサの髪。
常時浮かべている緩い笑顔は胡散臭さ満点である。

見辛いが今彼の服は水を大量に含んでいるようで、被っている帽子は濡れ、柄からは沢山の雫が滴り落ちていた。


「あの、それでなにか…?」
「ああ、その事はお気になさらず」


質問を投げかけるといつもの緩い笑顔で躱される。
しかしいきなり傘に入って来た人物を気にならずにはいられないと思う。
周りを見渡せば雨宿りするような屋根は見当たらず傘に入って来た理由は一応分かる。
…が。
密着している肩に目を遣る。
傘を持った人物が私じゃなかったらどうするつもりだったのだろうかこの人は。


「出来ればお店の方まで寄って頂けたらなー、と」
「……」
「勿論、タダと言う訳じゃありません」


人差し指を唇に宛てて悪戯っぽく笑う。
それに私はなんだろうと期待に胸を膨らます。
駄菓子屋のお菓子をくれるとかだろうか。
そんな事を思い浮かべていたが、現実はその予想を裏切る。


「私の歌付きです」


がくっ。
全身脱力と言わんばかりに膝の力が抜け、地面へ転がりそうになってしまう。
期待という名の風船は突拍子もない男の一言で簡単に割れた。
と、右手に持っていた傘が手から抜ける。
空になった右手を見れば傘の柄は浦原さんが握っていて、先程まで折っていた上半身を元に戻していた。
私の目線の位置は丁度浦原さんの肩口辺りで、さっきまで近くで見ていた顔はかなり上の方へ。
視線を感じたのかこちらを見てにへらと笑う。


「それじゃあ交渉成立と言う事で行きましょうか」


誰も是とは口にしていない事実を押し切り、下駄の音を鳴らして歩き始めた。
私は呆気にとられながらも濡れないため、隣から離れないようついて行く。
暫くするとさっきの発言は本気だったのか鼻歌みたいに彼は歌い始めた。
曲は雨の日に子供がよく歌う曲で、地面に打ち付ける大きな雨音と混ざり合ってそれは合唱みたいになっていた。
…私、そんな年齢じゃないんだけどな。
ある部分でそう呟くと聞こえていたのか相手は盛大に笑い声をあげ、そりゃそうですよと目を更に細める。


「あなたはお母さんじゃなくて大事な方です」


お店の、ね。
微妙な間を空け、浦原さんは意味深な含み笑いでそう言うとまた歌い出した。







あーめあーめふーれふーれ
(あらら、晴れちゃいましたか?)(じゃあ傘畳ませてもらいますね)(いやいやいや、もうちょっと雨気分を楽しみましょうよ、私の歌付きで)

071129



あきゅろす。
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