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あきあかねのむこう 祭囃子篇



遠くに祭囃子

目の前に或る物は────



あきあかねのこう 祭囃子篇




昼時だと言うのに。

『人が死ぬ』

そう言ったのは隣街の刑事で、狸みたいな風貌をした大石さん。
余りにも低い、凄めた声で言うものだから私は言葉を失った。

雛見沢村連続怪死事件。
祭りである綿流しの晩に人が一人死に、一人行方不明となっている謎の事件。
死亡した人の死因は殺人事件、事故死、病死等様々らしい。


事の発端は四年前。
この雛見沢をダムにしようと言う計画が起き、村人はそれに反対していた。
結果村人の必死の働きによりその計画は無くなったらしいのだが、その年の綿流しの日───

人が一人死に、一人行方不明となった。

最初の被害者はダム計画に携わった人物だった事から村の人々は『オヤシロさまの祟り』と呼ぶ。
その“オヤシロさま”と言うのは村全体が昔から崇め立てている守り神みたいな物で。
熱狂的な信仰があるらしい。
大石さんは怪死事件の犠牲者を“オヤシロさまの生贄”
そう言っても過言ではないと言っていた。



しかし、それが四年前から絶えずして同じ日に起こっているとは不可解だ。
もしかすると今年もまた…と思うのは仕方が無いのかも知れない。
一瞬、背筋に冷たいモノが走る。
ヒンヤリとした戦慄ではなく、冷たくぬるりとした不吉なモノ。

嫌な予感がする。
身震いを一つ起こすと机の上にあるカレンダーに目を遣った。
赤い丸。
今日は綿流しの日。
大石さんから聞いた話は両親に話していない。
そんな話をし始めれば大切な、暖かい日常が崩れてしまうと感じたからだ。
知らない方が、良い事もある。

ピンポーン

鳴り響くインターホン。
誰だろうと思い窓の外を見る。
其処には白いワンピースを着た少女が立っていた。

竜宮、レナ───

視線を感じたのか顔が上がる。
竜宮レナは私を視界に捉えるとこちらに向けて目を細めた。
まさか…
嫌な予感がする。
すると、下から母の声。


「名前ー、お友達が来てるわよー?降りてらっしゃい」
「…っ」


嫌だ。
でも、このまま動かなかったら母が人に失礼だと叱りに来るだろう。
無理矢理不様に連れていかれるよりは自分で、行こう。
肩に感じる重量。
私は溜め息を吐いてゆっくり階段を降りる。
玄関の方を見遣ると同い年位の男の子が立っていた。
誰?

そんな視線を読み取ったのか男の子がこちらを向く。


「よっ、初めまして」
「…どちら様?」


前原圭一。
はにかみながらそう名乗った。
少年は聡いのか私が聞くより先に浮かんだ疑問を答えてくれる。
前原君は私が転校して来た少し後、あの学校へ転校して来た。
転校して最初の辺りは私の存在等知らずに過ごしていて。

しかしこの間。
道端で大石さんとぶつかった場面を目撃して私の事を知り、クラスメイトから聞いて来たと教えてくれた。

一拍。
息を吸って前原君は口を開く。


「なあ、今日向こうの神社で祭があんだけど苗字も一緒に行かないか?」





遠巻きに祭囃子の旋律。
外を見れば少し奥の山際が明るく灯っている。
多分あれは綿流しの為に集まった屋台等の光だろう。
反対に、家庭の光は此処しか付いていない様だ。

全員、オヤシロさまの祟りを畏れているのだろうか?
ふとした疑問に返る答えも、人も居ない。
私は無意識に溜め息を吐いた。


『ごめん、家で勉強するから』
『そっか…』


私は誘いを断った。
何と言っても外には出辛い。
この扉一つを隔てて其処には竜宮レナが居る筈だ。
多分前原君は一緒に来たのだろうが、そう考えると裏切られた気分になる。
何故だか竜宮レナに恐怖を覚え始めていた。
それに前原君は残念そうに眉を顰める。


『じゃあまた今度誘うな…あ、気が向いたら何時でも来いよ!俺最後まで居るからさ!』


暗かった顔が直ぐに明るくなる。
表情がコロコロ変わって面白いなこの人。
それに私はじゃあ気が向いたら、と微笑み返したのであった。




「そろそろ終わる頃かな」


時計は10時を回ろうとしていた。
時間を見た途端眠気が襲って来、瞼が少し重くなる。
何時もこの位に寝てるしなぁ…なんてぼんやりと考えていると。

グシャリ

下から物音が聞こえてきた。
何の音だろう。
ケーキを床に落とした様な、植木鉢を思いっ切り踏ん付けた様な、生肉を…潰した様な、そんな音───
一体何?
息を潜め、ゆっくり階段を降りる。
一階の電気は消えており、闇に慣れていない視界は黒。
何時も見る光景だと分かっていても違う場所に居るみたいだ。

ピチャッ

足先に触れる水。
前から放置されていたのか水はぬるりとした感触。
と、嫌な匂いが鼻を掠める。
鉄の、匂い。
ソレは一階全体に蔓延している様で、奥の方はもっと濃い匂いがする。
気持ち悪い足の感触に耐えながらリビングへ行く。

濃い、濃い、鉄の香り。
濃厚過ぎるその匂いに私は口元を抑えた。
リビングの窓から柔らかな月明かりが差し込む。
すると其処は…

地獄、だった────

何時もは暖さに包まれた部屋が…無惨にも血の池と化していて。
ソファに目を遣ると皮一つで身体に繋がれた頭。
記憶の中で優しく微笑んでいた顔が、今は眼球を剥き出し恐怖と憎悪の色に染まっていた。
吐きはしないけど喉に熱い何かがせり上がる。


「お母さっ…」
「名前ちゃん?」


名前を呼ばれる。
聞いた事のある、声。
その方向を見れば赤を纏う鋭い刃。
嫌な笑顔…いや、歪ませた口端のみを笑わせた顔を見て。
私は力が入らずその場に座り込んだ。
これは…


「竜宮…れ、な」
「名前、逃げなさい…」


臓器がお腹からはみ出たお父さんがズルズルとこちらに腕だけで這って来る。
どうしたの、何があったの。
そう、父親の身体を心配するより恐怖が身体を巡る。
汗が蟀谷(こめかみ)を伝う。
肩も、ガタガタと震えが止まらない。

可笑しい可笑しい可笑しい
怖い怖い怖い
やだ、死にたくない

竜宮レナは今日見たあの白いワンピースを真っ赤に染め、私にゆっくりゆっくりと近付く。
やだやだやだやだやだ…!
するとお父さんが目の前で両手を広げ、視界を遮る。

一閃。
遅延してブシュウと生々しい音。
顔や髪や身体全体に生暖かい、赤い液体が降り懸かる。
大きな塊がごろりと足元に転がった。
私を捉えた様で捉えていない生気の無い白い眼球。


「名前ちゃんをテンコウさせようとするからこうなるんだよ?だよ?」




私は逃げた。
縺(もつ)れながらも、突発的に足が動き始めて。
闇に慣れ切れていない眼を凝らし、薄闇の凸凹の田舎道を裸足で走る。
舗装されていない道。
必然的に踏む砂利が痛い。
でも、そんな事に神経を使う暇なんて無かった。

後ろに目を遣る。
其処には紅いワンピースを着、血に濡れた鉈を持った竜宮レナが追って来ていた。

迫る恐怖。
捕まったら殺されてしまう。
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!
行き先も考えず唯がむしゃらに距離を離そうと力一杯土を踏み締める。
皮膚が切れて血が流れる感覚。
息も段々と上がってきて、肺が痛い。
日頃走ったり、運動をしなかった事を後悔する。

駄目だ…

そう思った時。
薄闇の中、背中が目に入る。
誰でも良いから助けて欲しい。
この恐怖から救って欲しい。
これを逃せば私は死ぬ。
そんなの、嫌だ。
まだ生きていたい。
最後の力を振り絞り、私は呼吸すらマトモに出来ない喉から声を発した。


「た…すけ、て…っ!」


聞こえて、お願い。
お願いだからこっちを向いて。
私を置いて向こうへ去って行かないで。
届く訳は無いのにその背中へ手を伸ばす。
それでも背中は立ち止まらない。
背後は竜宮レナの気配が遠くながらもまだ在って、瞳から沢山の涙が流れた。


「助け…て…!」


最後の一声。
もう、これ以上は声が出なかった。
走って酸素が足りなくなり、その上泣きじゃくった為か過呼吸を起こし、横隔膜が勝手に上下する。
苦しい。
こっちに振り返って!
お願いだから足を留めて!


「?」


気持ちが通じたのか背中の主が立ち止まる。
そしてこちらに顔が振り返った。
あの顔は…
名前を呼ぼうとしても喉は動かず、口だけが動く。
前原君…前原圭一君。
其処には今日会った前原君がその瞳に私の姿を捉えた。


「苗字…!?」


走り寄る彼。
血に濡れた服、身体。
そんな私の風貌に驚きを隠せないながらも前原君は優しく肩を抱く。
立つ事さえ力を無くした私は目の前の温もりに寄り掛かり、地面に倒れ込んだ。
目を開け、意識する事自体辛い。
もう、疲れた…



「苗字…?」


彼女は俺の胸に踞(うずくま)り、瞳を閉じた。
今日初めて話した女の子。
その時はとても綺麗な恰好をしていたのに今は怪我だらけで、真っ赤に染まっている。
風に混じる鉄の匂い。
俺はこの赤色が“血”だと理解した。
一体、彼女に何があったんだ?

走って来た方向に目を遣る。
すると何やら人がこちらに歩いて来ていて、手は鈍い光を放っていた。
何だろう?
目を凝らしているとその人物は駆け足になる。
後少しで顔を捉えられそうな所まで来ると鈍い光の正体が分かった。
ギラリと光る刃物。
赤い刃身に赤い俺が映される。

あ、と口を開く。
ヤバイ、殺される。
頭はそう理解しても身体は動く事はなく、唯殺されるのを待つかの様に赤い光の行方を目で追う。
このまま斬られるのかと他人事で考えていたら横から人影が出て来た。


「危ないっ!」


大きな大人の背中。
飛び出て来た人物は刃物を持つ人物の手を掴んだかと思うと大きく足を上げた。
と、刃物を持った人物は数メートル先の地面へ身体を沈める。
どうやら投げ飛ばされたらしい。
暫くして刃物の人物は少しよろめきながら立ち上がると反対方向へと逃げて行った。


「大丈夫でしたか?」


上から降る声。
見上げると其処には狸みたいなおっさんが笑っていた。

その時俺は釈然としなかった。

助けてくれたおっさんの眼には苗字しか映っていなかったから───





071011



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