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広い世界の夢物語






どれぐらいの時間、彼は剣と小箱を胸に抱き締めたまま、静かに涙を流していたのか。
不意に聞こえた人の声に、彼はゆっくりと顔をあげる。
彼が背を向けていた舟の舳先の方に、一隻の帆船の姿が月明かりに浮かんでいる。
よく見れば、その甲板に人影らしきものが伺えることに気付いた彼は、頬を伝っていた涙を拭い向き直る。

「…………おーい、そこで何してんだぁ?」

帆船の人影から再び声が掛けられ、それが自分に向けられていると判った彼は立ち上がり、人影へと視線を向ける。
眩い程の銀色の月明かりの下、その人影は甲板の手摺から身を乗り出し、ずっとこちらを見ていることが判る。
上手く潮の流れに乗っているのか、彼が乗った小舟はゆっくりとだが、確実に帆船の方へと近付いていく。
小舟が近付いてくることに気付いたのか、甲板に居た人影が何処かへと足早に遠ざかる。
そんな後ろ姿を眺め、彼はゆっくりと水面へと視線を落とす。
ゆらゆらと揺れる水面は、夜空の月と星に照らされている。
つられた様に彼が顔を上げ、煌めく星々と銀色の満月をぼんやりと見上げ、手の中にある小箱のビロードを無意識に指で撫でる。



ふと、月と星々に目を奪われていた彼の視界の端を、ひゅっと何かが横切った。
何だろう、と彼が視線をそちらへと向ければ、一本のロープの端がそこに落ちている。
気付けば、小舟はもう帆船のすぐ側まで来ている。

「上がってこいよ!!」

見上げれば、先程の人影が甲板から身を乗り出している。
まだ年若い、少年だろうか。
屈託のない笑顔で、彼がロープを使って帆船に上がってくるのを、今か今かと待っている。
ロープとその先の帆船とを交互に見て、小舟の彼はしばし躊躇い、意を決したようにロープを手に取る。
剣を腰に下げ、小箱をベルトに挟んでからロープを握り締めた彼は、軽い反動を付けてロープを上り始める。
殆んど腕の力だけでロープを上り、軽々と帆船の甲板へと辿り着いた彼に、待ちかねていたように少年が近付く。

「なぁ、おまえこんなとこで何してたんだ?遭難か?」

興味津々といったように、彼を見上げる少年は無邪気な子供の瞳をしていて、屈託のない笑顔を浮かべている。
純粋な興味で問い掛けている、と判っても、彼は曖昧な笑顔を浮かべるだけだった。
それは彼自身、自分が今どのような状況に置かれているのかを判っていないからで、少年の問い掛けに答えることが出来ないからだった。





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あきゅろす。
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