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広い世界の夢物語


扉の内では、同じように燭台を倒して部屋に火を放ったトゥアゴンが、一人静かに涙を流していた。
この国を築いた時から、いずれは滅びる運命にあることをトゥアゴンは知っていたし、自らが築いた物に執着してはならないことも知っていた。
それでも、この閉ざされた王国を手放すことなど出来なくて、この日に終わりを迎えた。
これまで、よく仕えてくれたマルロスには最後に辛い思いをさせてしまったが、今思うのは娘イドリルの無事だった。
娘のイドリルとまだ幼いエアレンディルを、トゥオルとグロールフィンデル、マルロスが護って無事に安全な所まで逃げてくれるのを、ただ願っていた。
炎に包まれる王の間で、トゥアゴンが静かに流した涙は誰にも見られることはなく、やがて炎に崩れる王の間に消えた。






王の間が崩れる音に、マルロスは一筋の涙を溢した。
そして、広がる炎に背を向けて城内を駆け出したマルロスは、一度も振り返らなかった。
頬を伝う涙を、汚れた服の袖で乱暴に拭う。
主君の最後の願いは、イドリル達と生き残った者達を安全な場所まで逃がすことで、この場に留まり悲しむことじゃない。
ただそれだけの思いで、マルロスは城を駆け抜けた。
途中で立ちはだかるオークを蹴散らし、城門を飛び出しマルロスは燃え盛る広場の惨劇に思わず眉を寄せ、そして周囲を見回して親友の姿を探す。
バルログの王ゴスモグと、この広場でただ一人戦っていたはずの親友エクセリオンの姿は、何故か何処にも見当たらない。

「エク?エクっ、エクセリオン……エクセリオンっ!!」

その姿を探し、声を張り上げるマルロスに答える声はなく、その声を聞き付けたオークが襲いかかってくるだけで、あの見慣れた姿は見えない。
信じたくなくて、邪魔なオークを蹴散らしながら広場を走っていたマルロスが、何かに気が付いてその足を止めた。
広場にある泉、王の泉と呼ばれる美しく澄んだ湧き水の泉のその畔の草の上に、炎に照らされ煌めく物が落ちている。
駆け寄ったマルロスは、それが何か判った途端に足から力が抜け、思わずその場に座り込んでしまった。
震える手で拾い上げたそれは、前にマルロスがエクセリオンに贈った、銀の細工とダイヤが美しいブローチ。

「エク、セリオン……?」

信じられなくて、握り締めたブローチを胸に抱いて辺りを見回して問い掛けるが、答える声は聞こえない。
潤んだ碧翠色の瞳が、澄んでいた水が黒く濁った王の泉に吸い寄せられる。
まさか、と言う思いと、それを認める思いが交錯して溢れ出した涙は、静かに頬を濡らして草の上に落ちた。
理由も確証もないけど、判ってしまった。
エクセリオンはそこに居る、王の泉の底に沈んで。
胸を締め付ける悲しみに、マルロスは声を張り上げて泣き叫びたくなるのを必死で堪え、きつく手に握ったブローチを抱き締める。
今は悲しみに溺れている場合ではない。
その思いに、マルロスは頬を伝う涙を拭い立ち上がり、炎に包まれた広場を走り抜ける。





 

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