p.m.5:29 side:S ゴゴゴゴゴゴゴゴ… ローラーが回る音に体を強張らせる奴が一名。聞きなれない音に不安を煽られる奴が一名。セーフティーバーをこれでもかと握り締める奴が一名。暗い視界の中で念仏でも唱える様にぶつぶつと暗示を自分にかける奴が一名。 全部、となりの臨也だ。 「臨也てめぇ、」 「話しかけないでシズちゃん今俺超精神集中してるのお願いだから消えろ」 「…手前なぁ」 めしり、とセーフティーバーが悲しい音をたてたのに我に返る。危ねぇ危ねぇ、壊すととこだった。俺に行きあたるセーフティーバーがつくづく可哀そうな目にあっているなんて知らない俺は、傾斜がきつくなっていくのを感じながら隣の臨也を視界に入れないよう一息いれれば、 ブウォオオオオオーッ ライドが急発進急進、金髪が荒れ狂う様になびく。なだらかな落下にそぐわない猛スピードでライドが進み、前方から楽しさからくる悲鳴が聞こえる。その瞬間、 「うお」 若干の急降下。先が見えないので突如襲って来る圧力に思わず声が出た。他の人の悲鳴の中でそのあまりにナチュラルな声は掻き消される。ほんの一瞬、俺の右腕あたりで服が小さく引っ張られたのには気がつかない。 茜やヴァローナは大丈夫かと思った辺りで急旋回、遠心力で臨也が思いっきり体をぶつけてくるが、明らかに今の体あたりは故意的な物ではないと察したので苛立つ事も無く臨也を見やれば… 臨也の吐きそうな顔。 「おい臨也っ」 「ッ」 再び急旋回、落下、そして再び腕に違和感。 豪速の中でその違和感を確認すれば、おい嘘だろ臨也が俺の腕にしがみついてるじゃねぇか。小さく体を摺り寄せ震えている。多分自分が今何をしているのか理解してねぇな。俺は硬直しながらも臨也の表情を読み取った。 蒼褪めている、歯を食いしばっている、目をきつく瞑っては開きまた閉じる、体を強張らせ小さくする、衝撃に耐える体力もセーフティーバーを握る気力も残っていないのか、ただ振動に揺さぶられている。 ざまぁみろと思った、そして大丈夫かと心配になった。とりあえず臨也を振り払わずに、できるだけ俺の体をクッションにして衝撃を和らげてやった。臨也側に遠心力がかかった時は肩を掴んで引き戻してやったりもした。 そうすればあっという間にライドは終わり、降車降り場の光が見える。急停止の反動で臨也は俺から離れたので、あの暗闇で起こった一瞬の出来事は覚えていないだろう。こいつ絶対無意識だったからな。 降車降り場の光に照らされた臨也は、思った以上にぼろぼろだった。完全に酔っているのか更に吐きそうな顔をしている。降車の指示が出されたというのに臨也は動かない。正しくは動けないので降りられず、仕方が無いので肩を掴んで無理矢理立ち上がらせそのまま引き摺り下ろす。 「おいノミ蟲しゃんとしろ」 「……ぅ゛」 肩を引っ掴まれたというのに抵抗もしやがらねぇことから、相当弱っているのだとわかった。俺から離れると前かがみに口元を抑え、足をよろめかせる。確かに降車した時に平衡感覚がわからずふらつきはしたが、そこまでひどくなかったじゃねぇか、と自分では思うのだが。マイル達は笑い声を上げながら先々退出口を進んでいるが、臨也は手すりづたいでないと進めないほどに弱体化していたので、仕方なしに臨也のペースに合わせて歩いてやった。 「もーイザ兄遅いよー!」 「…遅…」 「静雄お兄ちゃんも一緒だったんだね」 「意見を提示します。その猫耳男、嘔吐の気を催しているかと思われます」 各々から向けられる冷たい視線から逃げるかの様に、臨也は出口すぐにあるベンチに倒れ込むように腰掛けた。 「悪いマイル、クルリ、お兄ちゃんマジでもう無理」 簡素にその一言だけをぽつり。主にマイルがぶーぶー文句を言っていたが、臨也の様子が明らかに限界だというのは直感できたようだ。どうする?と女子は女子組でこれからどうしようか話し始めた模様。俺は臨也が座り込むベンチのすぐ隣の植栽の縁に凭れ掛かる。 「仕方ないなぁ、私達夜のパレード見たいからイザ兄はここに置いていくね。自力で帰って」 「そうさせてもらうよ」 臨也は即答で了解し、ホテルのルームキーをマイルに渡した。クルリは兄思いなのか心配そうにしていたが、実際まだまだ遊び盛りなので臨也を置いていくことに何の躊躇いもなさそうだ。 「静雄お兄ちゃんはどうするの?」 「あ、俺か?」 急に話を振られてびっくりした。あぁそうか、俺はどうするか。いや、茜には悪いがもう決まっている。 「俺はノミ蟲といるわ」 「「「「はぁ?!」」」 一同驚愕、これもなんかデジャウだ。因みになんでそんな事を口走ったのかは俺にもわからない。理由もない。皆が目を丸くして驚いて抗議していたが、何よりも恨めしそうにガン飛ばしてきたのは他ならぬ臨也だった。馬鹿じゃないのと言いたげな顔ではあるが、反論する気力もないのか物凄い剣幕で俺を見上げながら睨み続ける。そんな視線は無視して茜の方に向き直った。 「茜、ヴァローナ、それでもいいか?」 「はっ、反対です断固反対です!そもそもその猫耳男は、」 「い、いいよ静雄お兄ちゃん!その人の面倒見てあげて!」 珍しく慌てて声を張り上げるヴァローナを、こちらも珍しく裏返った声を荒げて茜が制止する。するとヴァローナはぐぬぬと押し下がった。どうやらこの一日でヴァローナは茜に少し弱くなったらしい。 「いいのか茜、我慢してないか?」 「ううん、静雄お兄ちゃんとこうして遊べただけで嬉しいよ。それに…そのお兄ちゃんが…」 臨也を一瞥して哀れみの目を湛える茜に純粋な子だなと本日何度目かもしれない頭わしゃわしゃ。良い子だ本当に良い子だ、こんな子を臨也の近くに置いておけねぇ。ヴァローナには悪いが、茜といればヴァローナも楽しむだろ。 「じゃあそういう事だ、マイル、クルリ、そんでヴァローナ、茜を頼むな?」 「先輩の頼みなら了解しました」 「しょうがない!解った、解ったさ!じゃあ女子は女子だけで秘密のフィーバーナイトに出かけるぞう!」 そうして結局、俺と心神喪失気味の臨也をスペースマウ●テン前に残し女子組と別れた。マイル達は何にせよ自分達で思う存分楽しむのだから正直これで良かったんじゃねぇかと思う。問題はこれからだ。 女子組をひらひらと手を振りながら見送って、4人の背が人込みに消えて行ったのを確認し、隣の臨也をちらりと見る。 「今日のシズちゃん意味わかんない」 「お前のその耳と尻尾もな」 弱った瞳でひたすら睨んでくる黒猫とのクソ気まずい沈黙が始まった。 結局かれこれ10分その場を動いていない。 その間臨也とは一言も言葉を交わしていないが、それはそれで俺の苛立ちを抑えれるから良かった。しかし、この長い一日を通してなのか、当初二人きりだった時よりは幾分イライラも起こらず、色々と俺らの間で変化が起きている事にお互い気付いていなかった。俺もわかってねぇ、まさか自分の突っ立っている距離が臨也のすぐ隣にまで近くなってたなんてな。 そろそろ日が暮れかけていた。それだけでパーク内が余計幻想的な雰囲気になっていく。思えばここは池袋とは全然違う景色が広がっていて、どうも異質に映るのは俺だけじゃない。そんな事をしんみりと考えていたら、突然となりでずっと項垂れてた臨也が口を開いた。 「シズちゃん」 「何だノミ蟲」 「あのね、」 「…どうした臨也」 「吐きそう」 ばっと振り返る。口元を抑える臨也がやばい。手前もっと早く言えよ!!と声を荒げながらも臨也を抱え上げ近くのトイレを探す。因みに抱え上げたのは肩をかすなんて親愛じみた行為が気持ち悪かったし身長的に片手で抱え上げた方が楽だったからだ。 「うぁ…揺れるよシズちゃん気持ち悪い…っ」 「まだ耐えろクソノミ蟲が今吐いたら殺すからなァアアア!!」 走り回っていると案外早くにトイレを発見し、ダッシュで駆け込む。男性トイレが空いていて良かった、駆け込む間際にすれ違った女子トイレからのびる長い列の女性達に奇異の目で見られていたからだ。とにかく臨也を個室トイレに押し込め、一変吐いとけ!!と言い捨てドアを閉める。俺は一応ドアの前で待っていてやる事にした。 トイレに鍵が掛けられるとすぐに臨也が吐いた。 結局かれこれ30分臨也は個室に籠っている。 やはり一度請け負ってしまった以上心配で、大丈夫かと声をかけたがなんだかよくわかんねぇ唸り声で返された。と、その時、水の流れる音が聞こえる。一通り吐き終わったのかと安心し、ドアが開かれたので臨也を見やれば、 「手前ぐっちゃぐちゃだな」 「放っとけ」 涙や汗や涎やらで顔面をぐちゃぐちゃにした臨也が洗面台までよたよたと歩いてきた。よほど苦しいのかまだ洗面台に向かって嗚咽っている。吐き足りないみたいだがもう出るもんは出しているようで、えづく度に涎が洗面台へと落ちた。溜息を吐き仕方ねぇので背中をさすってやると、臨也が弱りながらも信じられないものを見る目でこっちを見上げてきた。臨也の弱り果てたぐちゃぐちゃの顔を至近距離で見る。 ムラッ ん? 何だ今の。 「ねぇシズちゃん」 ああそうか俺は。 「もうホテルに戻りたい…」 縋るような瞳。いつも人を見下して嘲笑う臨也の懇願。俺は臨也を再び抱え上げると、トイレを後にした。 夜のパレードを見ようとする人の波に逆らって出口へ向かう。臨也も俺の意図を察したのか、敢えて抵抗せずに顔を俺の肩に埋めてきた。紫の猫耳が俺の頬を掠めるのについつい頬が緩む。臨也もこう大人しくしていれば変に苛立たずにすむのにな。パーク内をバーテン服の男が猫耳尻尾男を担ぎあげて闊歩するという異常な光景を作り上げている俺達。しかしその自覚があるはずもない俺達は、光りだしたライトと鮮やかな電球の装飾を背にパークを後にした。 散々な一日だった。慣れないテーマパークということもあり初めはどうも居心地が悪くどうすればいいのかわからずキレそうだったし、臨也が現れてからはイライラのせいで数回キレた。 しかし正直楽しかったのかもしれねぇ。 とりあえず一日パークを楽しんで解ったのは、ここが本当に夢と魔法の国だという事だった。 |