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真夜中ボーダーライン<血注意/臨也とセルティ>







俺はそろそろ死ぬのだと思った

刺された太腿が温かく感じる。それさえも気のせいかもしれない。恐らく俺は今左足の感覚を失くしているのだから。突き刺され抜かれたナイフはご丁寧に今俺の脇腹に刺さっている。刺された瞬間筋肉が引き締まる生々しい感覚が襲ってきたが、それさえも今はない。ただ、自分が冷たくなっていくのを感じていた。

ゆっくりと、ゆっくりと

俺が殺される理由はたくさんある。あんなクソったれな趣味を続けていたのだ、それ相応の報いはそれなりに覚悟していたつもりだ。けれどどうしてこうなったなんて言われれば、霞みのかかる意識で明快に答えられるはずもないから、どうしてもこうなってしまったとしか言い様がない。そもそも必要のない記憶はすぐに消去してしまうから、先程俺を刺した人間が誰かなんてわからないのだ。人生を踏み潰し、否定し、折り曲げて、進むよう俺に背中を押された人間なんて、吐き捨てるほど生んできた。

血が止まらない

忍耐力があるからなのか、痛覚が麻痺したせいか、焼けるような痛みはやって来ない。ただ体が動かない。意識のフェードアウトは襲ってきていたが、それを享受してしまえば、一度目を閉じてしまえば、もう終わりなのだと直感が言う。だから、恐ろしい。

死は恐ろしいと思う

それが今訪れるのかと思って、朦朧とする意識が恐怖に覚醒する。嫌だ、嫌だ。みっともなく、そんな感情だけが今の俺の意識を支えていた。死ぬのは嫌だ。俺が、僕が消えるのは嫌だ。だから黒幕気質を気取って、死を遠ざけていたのに。どうして俺はもうすぐ終わってしまう。

“怖い”

掠れた声で呟いたつもりだったが、恐らく声なんて出ていない。どうしようもなく怖い。置いてかれた子供みたいに、泣きたくなる。怖い、俺はどうなる?せっかく必死に足掻いてかけた保険は俺を救ってくれやしないのか?あぁ、俺を天国へ導いてくれる天使は迎えに来てはくれないのか?

天国が良い、天国が

俺をヴァルハラへ連れてってくれ。だから俺は戦場を作り、戦士になったのに。そこに俺の存在を残す為に。俺が消えない様に。俺がそこにあればいい、俺が、そこにあればいいから。
だから、






馬の嘶きが聞こえた。
漆黒の天使が、舞い降りてくれた。



『臨也!?どうしたんだお前!』

セルティが通りかかったのは奇跡的な偶然だった。セルティがバイクに乗ったまま駆け寄ってくるのが霞む眼に映り、臨也は反射的に笑みを零す。あぁ、天使は俺に味方してくれたのだと、状況にそぐわない嬉々として無邪気な笑顔をセルティに向ける。

「やぁ、天使様」

何言ってるんだお前、セルティはそうPDAに打ち込みたかったが、路地の死角に倒れ込む臨也に近づいてその余裕を失う。間近で見た光景は凄惨だった。太腿から溢れ出る血の量は明らかに生命維持を左右する量で、一瞬で眼の前の男が危機に瀕している事が解る。臨也の顔は蒼褪めているのに、自分を見つめる臨也の瞳はただ無邪気だった。
子供がそこにいた。死に怯えながら泣くのを堪え、天国に行けると悲しいほど確信して喜ぶ子供がそこにいた。

『臨也、お前、とりあえずどうしたい?』

セルティは焦りながらも冷静にPDAにそう打ち込み臨也に見せた。セルティも、臨也がどんな人間かは知っている、人間なのか疑うほど最低な人間だというのも理解している。しかし人間以上に優しいセルティには、そんな臨也でさえ放っておく事は出来なかった。無性に助けていい奴ではない、でも助けてやりたい。だからそう聞いた。

「連れてってくれ」

PDAのそれが見えていたかは定かではないが、臨也は確かにそう言った。笑顔で、セルティにそう言った。セルティは頷き、影で臨也の太腿の傷口を多い、腹に刺さったままのナイフを固定する。そしてそのまま起き上がれない臨也を影でバイクの後部座席に乗せた。乗せるというよりは、自身を支えられない臨也をバイクに影で固定したという方が正しいかもしれない。影でしっかり傷口を抑えているのに、流れ出る血がぽたぽたと地を濡らし、バイクに流れ落ちる。ぬめりとした血糊にコシュタバウアーが嘶いたが、セルティはそれを宥めそのままコシュタバウアーに頼むと告げると、バイクを急発進させた。




『新羅か?今大量出血で瀕死の臨也を運んでいる。処置してやってくれないか?』
「臨也が?セルティの頼みなら良いけど、病院の方がいいんじゃないのかい?」
『いや、多分お前の元の方が良いと思う、直感だが…とにかく掻き集めれるだけの輸血パックを掻き集めてやってくれ。かなり危ない状態だ。』

それで処置できるのかなんて医学の知識がないのでわからないが、セルティは走馬灯の様に光る真夜中のネオンの中をバイクを走らせながら、影で携帯を操作しそう新羅とやりとりしていた。新羅の家までは10分もかからない事と、恐らく臨也を見つけたのが刺されてそう時間の経っていない時だったのが幸いし、処置は間に合いそうだと思ったが、臨也の様子を伺う限りそう余裕をかましてもいられない。
後部座席で自分の背に凭れる臨也は憔悴していた。その表情はどこまでも青白く、そして幼かった。小さく震える体が痛々しく、背中越しに伝わる臨也の体温は冷たく、それが本当に危ない状況なのだとセルティに伝える。怯えているようだった。何かにひどく怯えながら、同時に安堵しているのだ。しかし安堵は気丈な精神を綻ばせる。今の状況には芳しくない感情だ。
しっかりしろ、そう声をかけてやりたいのに叫べない。セルティは久しぶりに声が出ない事をもどかしく思った。影で臨也を顔を優しく叩くが、臨也の反応は鈍い。その瞬間、臨也の体が大きく傾く。ふらりと体勢を崩した臨也の意識はほとんど無い様だった。バイクから落ちそうになった臨也をセルティはすぐさま幾重にも伸びる影で支え体勢を立て直してやるが、臨也の血相が一層悪くなっている事に急激な焦りを覚える。まずい、まずい。セルティはバイクを限界まで走らせる。
臨也の太腿から溢れる血は留まる事を知らず、ぱたぱたと赤い痕跡を散らしていた。








俺の意識はまだあった。
常人には考えられないだろうけど、これだけの大出血を起こしていながらまだ意識を手放さずにいたのだ。勿論はっきりと鮮明な意識があるわけではなく、ひどく朦朧としたものだったが、とにかく天使が俺を迎えに来てくれた事だけはわかった。
俺は消えないんだ。俺はまだいるのだ。俺はまだ俺であり、そこにいる。それにひどく安心した。けれど纏わりつく死の恐怖からは逃げれそうにもなくて、ただ臆病な俺は天使に寄り添い怯えていた。
セルティが新羅宅まで連れて来てくれたのだと、玄関を汚さないでくれよと言ってきた新羅の声で気付いた。その声はやけに遠く感じる。いつも通りの新羅なのだと思ったが、思った以上に容態の悪い俺の様子に新羅はすぐさま処置に取り掛かってきた。何とかリビングまでセルティの影に運ばれたのだと、新羅があれこれ指示を出してセルティに手伝ってもらっているのを遠くに聞きながら理解した。

「臨也、臨也、寝ちゃ駄目だよ、しっかして。」

新羅の真剣な声が遠くで聞こえる。染みついた演技の癖が抜けなくて、微笑を作って何とか言葉を紡ごうとしたけれど、何も出てこない。新羅が冷静ながら必死で処置してくれているのだろうけど、その全ての感覚がわからない。

『      』

セルティが、PDAを向けてくれているのだと、思う。でも、正直何も見えないんだ。

「臨也、君、今何も見えてないだろう。」

新羅が容体悪化のせいで視力に完全な靄がかかってしまった臨也に気付き、セルティのPDAを下げさせた。臨也はセルティには悪い事をしたなぁなんて、朦朧とする意識でも思える。また、本当にセルティは天使であり死者を導くヴァルキュリーだったのだと、まだ目覚めていない首の顔を思い出し、臨也は子供が寝かし付けられる時の様な穏やかな顔を浮かべた。
どこまでも青年は壊れていた。そう感じさせる笑みだった。儚かった。

そこに俺があるのならいい。天国でも地獄でも現実でも、俺があるのなら。
もし今天国から俺を引きずり下ろすとしたら、彼だけなのか。セルティが天使なら、彼は差し詰め地獄からの使者だろう。俺を決して救いはしないけど、俺から決して目を逸らさない。俺を見る、僕ではなく俺を、そこにある俺を見てくれる。それはなんて残酷で愛しかったのだろうか。
ああ、血の気が引いて冷たくなる感覚を生々しく自覚してしまった、泣きそうだ。溢れ出ていく血と一緒に俺から人間への愛も流れ出ていくようだ。俺はまだ死にたくないと知っていた。

愛されない世界だ。それでも俺はまだ俺を確証していない。そのまま俺が無くなるのはひどく怖い。だから、俺だけが突き放された現実に俺を連れ戻してくれよ。俺がここに在る事を唯一知っている君だけが、俺が俺である事を留めさせているのだから。ねぇ、シズちゃん。




−どこにいけば、
俺は愛されるんだろうか−




最後に聞こえた音は、玄関の扉が開く音だった。あぁ、地獄からの使者が来たんだって、俺はここにいるよと強く思いながら意識を手放した。









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あきゅろす。
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