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a.m.11:51 side:I




何でそういう取り決めになったのか小一時間マイルとクルリに説教したい。

「イザ兄!何してるんだい!ほら、もう扉の前じゃん!」

前方のマイルがにたにたと心底楽しそうに俺にそう言うが、俺は顔を上げることもできず無反応を決めこむ。クルリだけはやけに心配そうに俺を覗き込んでくれたが、申し訳ない、双子なのでお前ら同罪だから、ていうかお前も携帯の待ち受け体操着の兄なんだろうが白々しい。そう妹達に悪態をついても、逃れ得ない現実は刻一刻と迫るだけなんだけど。

「おい手前、俺と乗るのがそんなに嫌かそうか俺も嫌に決まってんだろうが。でもアレだ、一人で乗っても他の人に迷惑かかんだろ?腹くくれノミ蟲。」
「何でそうシズちゃんは割り切れるのかな…!いや割り切れてないんだろうけど仕方ないんだろうけどなんで、なんッ、…ぁああもう…!」

俺はただ頭を抱えるしかない。荷物を持たされた頭では実際に抱えることなど不可能だったが。
入口付近まで待ち列が戻って来て、あともう少しだというタイミングで女子組が合流してきた。因みにこれはあまり宜しい行為ではありませんと天の声が言っている。俺はやっとこのシズちゃんと二人きりという地獄の様な時間から抜け出せると思ったのだが、戻ってきたマイルの満面の笑みと抱えられた買い物袋に嫌な顔しかできず、更にマイルの第一声に止めを刺された。
「イザ兄!アトラクション、静雄さんと乗ってね!静雄さんも、この機に乗じて暗闇でイザ兄を捻り潰してもいいからよろしくお願いします!」
買い物袋を押し付けられながらそう言われて、意識が飛びそうになったのは勿論俺だけじゃない、シズちゃんだってそうだ。はぁ!?って素っ頓狂な声を上げたくせに、粟楠茜が目に入るとカチューシャ似合ってるぞと満面の笑みで頭を撫でていた。満面の笑みマジ寒気がするこのロリコンが。シズちゃんにそう言われて子供らしく微笑んだ粟楠茜の手を引いているヴァローナから事の顛末を聞き、更に粟楠茜に宥められると、次にはころっと納得したらしい。何でそこで全力で拒否してくれないかなシズちゃん。
そんなわけで冒頭に戻る。
女子組と合流すればシズちゃんの隣に並ばずに済むだろうと思っていたのに、左側前列からマイル、クルリ、俺、そして右側前からヴァローナ、粟楠茜、シズちゃんという並び順から抜け出せず、俺は相変わらずシズちゃんの隣で死んだ目をしながら地面という無機物と対話しているしかなかった。

「おい臨也」
「話しかけないでねシズちゃん、俺今地面を愛す努力を必死でしてるんだ。地面ラブって言うかもうホント精神状態疲れてるから色々ムリ。ホント無理。」

俺が必死でシズちゃんという存在、このテーマパーク、そして猫耳尻尾のファンシーなオプション、あぁもう全てでいいや、それらから現実逃避して何とか俺の大好きな理屈で捩じ伏せて自分を奮い立たせようというのに、何をどう足掻いても現実には打ち勝てない。ただ俺の自暴自棄に沈んだ瞳と自失感に惑わされる涙線が現状を突きつけて来る。俺、明日から情報屋戻れるかな。
ぶつぶつと一人呟いてふとシズちゃんの方を見れば、シズちゃんは女子達と普通に喋ってるじゃないか。何なんだこいつは何なんだ何でこんな適応力凄まじいんだ。しかし急にふとシズちゃんと目が合って、恐ろしい閻魔の化身かというような笑顔で笑い返された。
シズちゃんイライラしてるんだね。俺はイライラ通り越して辛いだけだって何回言ったよコレ。

「おぉー扉開いた!皆の衆行くぞー!」
「楽…」
「わっ、真っ暗だよう…」
「茜、私の傍から離れないよう心得て下さい。」
「ヴァローナとしっかり手を繋いでおけよ茜?」

各々様々な思いを巡らせてホー●テッド・マ●ションの建物内へ足を踏み入れた。第一の部屋から既に薄暗く、多くの人が一部屋に押し込められ騒然としている中で俺達は左端に寄る。粟楠茜がはぐれない様皆がバリケードを作っている状態だ。他の人間を見回してみれば、好奇の表情をする者もいれば恐怖を悟られないようおどおどする者もいる。
あぁ楽しい!人間は何て幾千もの複雑怪奇な表情を俺に見せてくれるんだろうか!期待や不安が暗闇の部屋の中で渦巻いているじゃないか!俺はいつも通りの人間愛理論で虚栄心を満たせたので、もう帰っていいかなコレ。
人間を見やる分には楽しいのに、隣のシズちゃんが不機嫌そうにしている現状に一気に萎える。人口密度にイライラしているらしいがさっきからいい加減にしてよ血管切れて死ね。しかし自分には相当マズイ状況だって賢明な俺は理解しているさ。隣のシズちゃんがイライラすればするほど、災難は俺に降りかかる。今、シズちゃんの我慢できない暴力、あ、これには精神的暴力も含むよ、とりあえずそれらが第一に俺に降りかかってくるのだから。

「うお、何か聞こえる。」
「っ、あーもう驚いた…。」
「何だよ臨也、こんな子供騙しにビビってんのかよ。」
「シズちゃんの声に驚いたんですけど。」

にやっとするシズちゃんをキッと睨み上げる。本当にシズちゃんの声に驚いてしまった訳だが正直その方が不快だ。何でシズちゃん如きにびくびくしなきゃいけないのかな、疲れてるから仕方ない、うん。頭上から降りかかるアトラクション要素の声と、シャンデリアの不気味さには目もくれずそう自分を納得させる。
女子組は各々楽しんだり眉を顰めたりしていた。そうこうしている内に左側のドアが開き第二の部屋へと案内される。人が入り終わると急に部屋の電気が一切消え暗闇に包まれ、それに吃驚した女性が悲鳴を上げ周りがどよめく。粟楠茜がびっくりしていたという事が、シズちゃんとヴァローナが宥めているので確認できた。相変わらずの真っ暗闇は正直隣の人物を確認するだけで精一杯なほどだ。確認すべき相手がシズちゃんなのが本当に心苦しいが、ここならこの猫耳や尻尾を直視せずに済むので幾らか心が軽い。そしてシズちゃんはヴァローナと共に粟楠茜がはぐれないよう相変わらず付きっきりだねぇこのフェミニストロリコンが、暗闇に乗じて殺してもいいかな。

「わー、また何か言い始めた。999人も幽霊いるなら私好みを選び放題だね!」
「幽霊など霊的なもの、一般的に人のいない場所に出現する。例外有り。都合良くかつ意図的に出現する事、否定します。」

マイルやヴァローナの話声が遠くで聞こえたのは恐らく暗闇の視覚的効果だろう。はぁ、この暗闇で目を閉じて全て夢と魔法の国らしく夢でしたってオチは迎えられないのだろうか。壁が視覚的効果で人によっては上に伸びている錯覚が起るが、せめてもの自我として人の反応を楽しむ事は忘れない。そんな余裕は勿論今の俺の精神状態ではあるはずがないので、これ自嘲的願望ね。
またまたそうこうしている内に、左手斜め後ろ辺りの壁がアトラクションへ続く道の扉として開き、人の波が一気にそちらへ押し寄せた。女子組がうまく避けて人の波に乗り進んで行くのが見え、はぐれないよう俺もそちらへ向かおうとした刹那、

「ッ!」

押し寄せる人の波に両手の荷物が引っかかり、思わず体が前のめりになる。どうやら俺は本当に疲労困憊らしい。普段ならば周りに意識を研ぎ澄ませているのでぶつかることすらしないのに、俺はフラついた体にさえ反応が鈍くなっていた。あ、倒れるなぁ。

「危ねぇ」
「っへぁ?」

シズちゃんに…腕を掴まれた。思わず変な声が出ちゃったじゃないか。軽く引き寄せられ人の波から抜ける。何が起こった、嘘だろ、シズちゃんが俺の腕を引き寄せて歩いてる。

「はぐれんなよノミ蟲。」
「え、あ…はい」

思わず敬語だ。何なの信じられない、普段なら絶対俺に触れて来るはずがないのに。このパークの空気にあてられて俺もシズちゃんも頭が魔法に毒されたらしい。良かった、相手の顔もあまり見えないほどの暗闇で。俺の顔が今火照っているのに気付かれずに済むからね。ちくしょう、シズちゃんのくせに。
俺が力強く腕を引かれながらどぎまぎしていれば、狭い通路で腕を離された。因みに腕は若干痛かったクソ死ね。責任感と根っからの善人気質で俺を引っ張っていくなんてシズちゃん自身嫌悪しただろうな。シズちゃんの見えない顔は今渋っているのだと自己判断しておこう。真意は暗闇に溶けて見えないけれど。
さくさく進む列に、気付けばあっという間にアトラクション乗り場が見えた。二人乗りの球体型ライドが暗闇の奥に絶え間なく進んでいくのが見え、不思議と高揚感が生まれるのは人間的な性だろう。しかしその高揚感はすぐ、あれにシズちゃんと二人乗りしなければならないという恐怖に押し潰される事になる。気持ち悪くなってきた、既に気分が悪い。
とうとう順番が回って来て、マイル達が乗り込むのを遠目に見る。駄目だ現実感が湧かない。自動的に進む床へ目の前のシズちゃんが一歩踏み出せば、足を取られ「うお」と軽い声を上げながらよろめいた。俺も進む床に一歩踏み出しそんなシズちゃんの光景を内心で笑う。しかしシズちゃんがさっさと球体型ライドに乗り込んでいくのに少し焦り、俺も乗り込もうとすれば、

がこんっ
(がきんっ)

「っ!?」

脚を、挟 ま れ た。
シズちゃんが先に下ろしたセーフティーバーに。
俺まだ乗り込んでないんですけど。何でそんな我が物顔で座ってるんですか。何だこれという単細胞な頭が気付いた時には行動に移してましたみたいな感じですか。
ふ ざ け ん な 
俺が細くて助かったね。何とか無理に下ろされたセーフティーバーの間に入り込み、何とか引っ掛かった脚を定位置にもっていき席に着く。多分俺ぐらいの体格でないとこの荒技は無理だろうな。俺がセーフティーバーに入り込む時不可解な圧力がかかって、シズちゃんは一度こっちを見たのだが事の次第を察せずに視線を逸らされた。うっわ殺したい。後尻尾邪魔すごく邪魔です。
極力最大限にシズちゃんに近づかない様距離を開け、ナレーションで「セーフティーバーには触らない様、私が下げます故…」的な事が流れてきたのを聞いて「おお、そうなのかよ早く言えよ」とかほざくシズちゃんを殺意を込めて睨んだ。気付けクソが勝手にセーフティーバー下げるなよ俺の腿を挟むな、もろ挟んだからね。あと()でがきんって鳴っちゃった音は完全無視の方向で。アレ多分駄目だからねアレは、どっか部品逝っちゃった音だからねアレいやだめだ考えるな俺。
シズちゃんもどうやら極力俺から距離をとっているようだけど、この球体型の小狭い空間にシズちゃんと二人きりなだけで本気の拒絶感が溢れる。そして俺は今とても精神が衰弱している最悪な状態。それはどういう事かというと、いつもの様に感覚を研ぎ澄ませず緊張を張れず覚悟を決めれずまどろんだ黒さで現実を解釈する余裕がないほどに、

「気持ち悪い…」

そう、そんな精神状態なのに。隣をちらりと一瞥すれば、シズちゃんは俺の様子を見て薄く笑っていた。

本日3度目の涙目。
無情にもアトラクションは止まらず、球体型ライドは俺とシズちゃんを乗せて暗闇の幽霊屋敷へと進んでいった。








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