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箱ヅメ3




俺はどうすればいい。厄日か、今日は厄日か、そうとしか考えられない。帰ってきたらスーツケースが玄関の前に置かれていて、その中には拘束された天敵が入っていて、その天敵は息を荒げながら警戒心を放って震えていた。この状況に俺はどうすればいい。
普通に殴り飛ばすか?見て見ぬ振りをしてどこかに置いてくるか?とりあえず出すか?でもいつもうざったくて仕方ない臨也の口が塞がれてるのに何で胸がこんなに高揚とするんだ?
俺はどうすりゃいい…!

平和島静雄は頭を抱えていた。降って湧いてきた異常な現実に静雄はただ内心で唸っていた。とりあえず問題のスーツケースが視界に入らぬよう背を向け、机を前に肩肘をつきこめかみを押さえる。眉間の皺は相変わらず深く刻まれるばかりだった。そんな状態が先ほどから数分続いている。

くそ、誰かの陰謀か?いや完全に誰かの陰謀だろコレ。完全にこいつの…ノミ蟲の陰謀でしかないだろ。くそ、くそ、ノミ蟲如きに何でこんな頭抱えなきゃなんねぇんだよオイィイイ…!!

「{ン゛ーッン゛ー、ッ…}」

臨也ァァァ…!!絶対殺す、めらっと殺す。こいつを確実に殺す絶好の機会じゃねぇか、誰かがもたらした素晴らしい産物じゃねぇか!猿轡に目隠し拘束とは大概アブノーマルだが、この機に乗じて臨也を黙らせれば…、うん?いや、殺すんだろ?いやいや、俺は何考えて…

「{ヒュッ、…ン゛…ッ}」

はは、俺の思考がさっきからおかしい。何か胸が高揚としているというか、下っ腹がムズムズするというか…。ノミ蟲のせいだ、あぁ胸くそわりぃ…!多分さっきから聞こえる変な声が原因なんだよ!

「{フュッ……ッふ}」

鬱陶しい声上げやがって…。どんな声上げても無視だ、無視。存在を消そう。ただでさえノミ蟲の存在全てが鬱陶しいのに、この状況でどうしろと…

「{ん゛、…ッ…ヒュ、ゥ}」

あぁほらくそ、声が、イラつく声が…!

「{…ッフ、…ンふ…!}」

……ノミ蟲…?何だ、この声。何でこんな声上げてるんだ?苦しそうというか、無理やり何かに耐えているというか……



ヤバイ。

そう全神経が告げた途端の静雄の行動は早かった。悶々としていた思考を薙ぎ払いスーツケースに向き直る。臨也に対してだけ異常に鋭い直感が何かまずい状態だという事を、臨也に身に何か起こっているのだという事を感じ取ったのだ。静雄は、躊躇わずに壊れたスーツケースの蓋を取り払った。
再度明るみに出た臨也の体がびくっと震えた。眉を顰め状況を探ろうと耳を済ませているようだった。冷静に勤めているのだろうが、猿轡に阻まれた荒い呼吸と自由の利かない体、塞がれた視界はどうも危機感を募らせていると思えてしまう。更に、顔を紅潮させ震えている臨也の光景は静雄の目に鮮明に留まった。
異様な光景、異常な現状に静雄の脳内が混乱しているのか、いつもなら有り得ない想いが巡る。普段ならざまぁみろと両手を挙げて喜ぶのだが、折り畳まれた肩が痛そうだと思った。更に静雄はもう少し早く出してやれば良かったなと思いつつ、ゆっくりと臨也の折り畳まれた体を起こしてやる。触れた臨也の体が熱い事に静雄は眉を寄せた。体を起こされて、スーツケースの中で体育座り、オプションは手足拘束と目隠し猿轡。そんな臨也を目の前に、静雄の手が止まった。奇妙な沈黙が訪れる。お互い向かいあっているのに、眼と目は合わせられない。臨也の方は仕方が無いのだが。
当の臨也は喋らない。猿轡をしたまま喋っても何の意味も成さないという事を十分に理解しているのだろう。そんな無意味で馬鹿げた行為をわざわざ犯す必要は無い。得体の知れない誰かの前など、尚更だ。

「フュッ…ん゛…ッ?」

臨也が此方を伺ってくるように眉を寄せ、猿轡が鬱陶しいのか身を捩る。そこでハッとした静雄はすぐさま猿轡を外してやった。まるで猿轡を取ってくれといわれ従ってしまったという擬似的事実に不快にはなったが、正直、猿轡を濡らしていた臨也の唾液が手に付いたことは不快にならなかった。臨也の口から取り出された猿轡まで唾液の糸が引いた。何度か咳き込んだ後、荒い息のまま誰とも知れぬ天敵を前にやっと臨也が言葉を発する。

「誰…だ…ッ」

臨也の様子がおかしい。静雄はそれにすぐ気が付いた。あの臨也の事だ、どんな事件に巻き込まれてもどこに送られても、誰に助けられても…もしくは誰に殺されようとも、それを目の前にしてこんなに切羽詰った様に警戒したりしない。いや、警戒していたとしても、それをこんな顕著に表したりは絶対にしないのだ。

「ね、ぇ、…わざわざ猿轡を外してくれたということは、助けてくれたと、理解していいんですね?…よければ、目隠しのほうも、取って貰えるとッ…、ありがたいんですが、…!」

おかしい、おかしい、おかしい。警報だ、警報。あのボールペン野朗じゃあるまいが…!
相手の出方が見えないのは勿論、相手を理解も予測もできていない臨也は、とりあえず念のため敬語で対応してきた。始めこそ警戒心むき出しだったが、今はそれもうまく隠している。しかしおかしいのは寒気がする様な敬語ではない。言葉を発する度、何かに耐えるように噛み殺す呼吸。静雄はわけがわからぬまま舌打ちした後、乱雑に目隠しを取ってやった。
刹那、

いつの間にか解かれていた手の拘束、目にも留まらぬ速さで足の拘束を隠しナイフで解き、そのまま目の前の自身を助けた見知らぬ恩人に馬乗りになったかと思うと、臨也はナイフを恩人の首元に翳す。赤い閃光を放ったように錯覚する臨也の瞳と、状況を把握するのに必死で何もやる気が起きないのか、はたまた苦労の据え悩みぬいた時にできる眉間の皺を刻んだ静雄の瞳がようやく長い…長い時を経て合わさった。
瞬間、臨也はあからさまに嫌な顔をした。

「最ッ悪だ…!もしかするととは思ったけど、よりによって…ッ、シズちゃんとはね…!」

紅潮した臨也の顔が思いっきり顰められた。いつもの如き余裕の笑みは無く、嫌悪感を隠そうともせず奥歯を噛む。そんな臨也に何様だと静雄は青筋を立てたが、それは相変わらず臨也の様子がおかしいという直感に宥められた。

「俺が血管ブチ切れるぐらいの出血大サービスでよ、出してやったのに、手前何様だ、ノミ蟲か?ノミ蟲様か?」
「うっさいなぁ…ッだまって、よ…」
「あのままスーツケースに突っ込んで高速に置いてきてやっても良かったんだぞ?もしくはこいつアブノーマルな趣味でしたって猿轡のまま池袋引き摺り回してやろうか?なぁ臨也君よぉ…!」

静雄は馬乗りになる臨也を退けようと臨也の肩を掴み起き上がろうとする。しかし予想に反して肩を掴まれた臨也は、肩を掴まれただけでバランスを失い、鼻から抜けるような声を噛んでそのまま横に倒れ込んでしまった。

「え、ちょ、おい手前…!」
「はぁっ……触らなっ…でよ…!」

荒い呼吸で静雄を睨む臨也。心なしか瞳が潤んでいるのは眼の錯覚と思いたいと、静雄の頭はぐらぐらした。上半身を起こした静雄は、隣に崩れる臨也にどう接していいかわからず、混乱が続く。

「あぁくそっ…くそッ、こっちの薬かぁ…!はっ、…ッ遅効性とは…厄介なものを…!」

辛そうに体を震わす臨也は、今は自分を殺さないであろうと判断した静雄に一瞥し、小さな声で「お風呂借りるよ」と呟いた。そのまま唖然としている静雄を置いて臨也は風呂場へ向かおうとするが、力が入らないのか壁沿いに来るとがくんと床に突っ伏した。思わず静雄が再び肩を掴もうと駆け寄るが、伸ばした手は荒々しく払われる。

「もう、見てわかるだろ!?薬、だよッ、びや、く!ほんっと、シズちゃんってバカだな…ぁっ、何か、嗅がされた薬品の方も残ってるみたいで、体っ…力が入らないし、もう最悪だ…!」
「…」
「だから、こんな状態だからさ、俺…ッ。今は、殺し合えないからね…見逃してよ…!」

突っ伏しながらこちらを見てくる赤い双眸は潤み、自嘲気味に口元を吊り上げていた。臨也の様子がおかしい原因は飲まされた媚薬だった。遅効性の媚薬は丁度スーツケースが玄関に置かれたあたりから効いてきており、今は完全に臨也の体を犯している。その上薬品のせいで体に力が入らず、動けない。
静雄は何も言わず、ただじっとそんな臨也を見ていた。観察しているのか、自分も何かに耐えているのか、ただ静かに見ていた。そんな静雄の視線が鬱陶しくて、早くこの疼く熱から解放されたくて風呂場に行こうと思考するも、臨也に体を動かす気力は残っていない。唇を噛み、この最悪の状況を作り出している根源に懇願するよう息を吐く。

「ねぇッ…シズちゃ、…風呂場連れてってくれない…?」
「触るなつったのは手前。」
「も、ホント苦しいんだよ…ッ、…頼むって…ッ!」
「そこですりゃあいいじゃねぇか。」

その言葉に臨也はぞっとした。
ここで?俺が?シズちゃん前で?そんな、冗談じゃない。男同士でも俺はそういうの嫌いだって言うのに、よりによってこの嫌悪する天敵の前で?ありえないだろ、苦しい、バカじゃないの、辛い、知ってたけどさ、声が、あぁもうホント、熱い、体が、熱い。
屈辱、恥辱、悔しさ、鬱陶しい、嫌い、ぐるぐるぐるぐる。思考と感情が臨也を巡るのと同じ様に、相変わらず解放されない熱が身体をぐるぐると激しく駆け巡っていた。

無理だ、もう。

臨也は通常、常人には考え付かないほどの忍耐力を持っているのに、それさえも敵わないのはどうしようもない生理現象。送られたのが静雄の元でなければここまで苦しいとも思わなかったのにと、臨也は朦朧とする意識で結論付ける。せめて見ないでくれればと言いたかったが、そんな事を言う気力さえ残っていなく、ただ中の熱に魘されているだけで。せめてもの抵抗と臨也は静雄に見えないよう壁に寄り添い、全思考を熱に浮かされながらズボンの中に手を伸ばした。







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