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池袋runway〈パルクール〉





「いぃいざぁあやぁあああ!!」
「おお怖い!見逃してよ!」

逃げる側の折原臨也にとって、池袋はホームグラウンドだ。それは鬼の平和島静雄にも言えることで、二人はこの街を隅々まで知り尽くしている。だからこそ臨也にはどの建物が安全で、どの障害物が障害ではなくて、何処が道に成りえるのかをよく理解していた。実践ほどその身に刻みつけられものはないからだ。そして今日も池袋でチェイスが繰り広げられる。





「お、今日もやってるな。」
「懲りないねイザイザは!でもそれを追いかけるシズちゃんの方が→イザイザに見えるんだけどどう?!」
「狩沢さんそれは幻覚っす!幻覚を三次元に持ち込まないで下さい!」

頭上を影が飛び交う。大通りから三人組の男女が路地を覗き込めば、有り触れた池袋の日常である非日常がそこにはあった。
駆ける男と追う男。前者の男が艶やかな黒髪を振り乱し、5階建てのビル屋上から大きくジャンプしたかと思うと、路地を挟んだ向かい側のビル5階の窓の縁上部を掴み、その窓を入り口としビル内部へと滑り込んだ。あまり広い路地ではないが、平均を逸脱した跳躍力がなければそのまま路地に落下だろう。まるで窓がその男を迎え入れるかのように滑らかにビル内部へと吸い込まれていった男を、5階建てのビル屋上から悔しそうに見過ごす金髪の男。その男は追走を諦めないのか5階建てビル内部へと消えていった。

「わー!相変わらず二次元の動きっすね!幻覚ですって言ったけど、やっぱりここが二次元なんですかね?僕ら二次元に来れちゃいました!?」
「何それ凄い!じゃあシズちゃんがイザイザの事好きなのは確定事項だね!」
「恐ろしい事を言うな!そして落ち着けお前らここは三次元だ!」

不毛な会話を続けている男女二人を年長らしき男が宥めていれば、5階立てビルの2階テラスから先程の黒髪の男が現れる。走る速度を一切落とさないままテラスの柵を両手で鷲掴み、体を大きく横に捻ってその柵を乗り越え、テンポよく足でテラスの縁を蹴ったかと思うとそのまま地面に着地した。あまりに性急なその動きに、それがどういうものなのかを知らない人間は困惑するだろう。通常よりも高い位置に設計されているテラスの2階から人間がジャンプした。そして平然と着地して尚も走り出す。男女二人がその躍動感に目を見張っていると、反対のビルからあの金髪の男が唸り声を上げながら駆け出してきた。

「待て臨也ァアアアア!!」
「そろそろ撒いてくれないかなぁシズちゃん!」

そして路地の奥へ奥へと追走劇は走り去っていった。一瞬で起きたその劇に圧倒されながらも、その技術の正体を知っている男はやれやれと首を振って呟いた。

「パルクールを喧嘩に使うなよお前ら…。」





走る、駆ける、飛び越す。どんな表現も追いつかないほどの疾走感。それが今眼の前にあった。正しくは今眼の前を通り過ぎた。
首なしライダーと言われる私がバイクもといコシュタバウアーに跨り公園前で信号待ちをしているとそれはやってきた。やけに公園の奥が騒がしいと思い視線をやると、見知った顔が見知った追走劇を繰り広げている最中で。
臨也が公園の塀を軽々と飛び越えて来る。静雄は塀を勢いよく跨ぎ越える。臨也が植木を跳び箱の様に飛び抜ける。静雄は植木を足で蹴りワンジャンプで乗り越える。臨也が鉄棒の様な手すりの柵を踏み切って、今度はゴミ箱を跳び箱代わりに飛び越え加速。静雄は手すりを回り込むタイムロスに怒ったのか、臨也が跳び箱代わりにしたゴミ箱を臨也めがけて投げ飛ばす。臨也はそれを紙一重でかわしながら道路側のフェンスまで疾走して来たかと思うと、置き石をジャンプ台代りに踏み切り跳躍、体を前に折り曲げフェンスを飛び越えた。
軽々と言ってのけたが、高々とあるフェンスを飛び越えたのだ。目にも留らぬ速さで風の様に滑走してのけたのだ。まるで烏が地を滑空していると思えるほどの美しさを持つ錯覚。明らかに一般運動を逸脱していた。
しかし、もっと人間を逸脱した存在がその後を追っている訳で。背後の公園でメシリという何とも不可解で耳を塞ぎたくなる様なフェンスの悲鳴が聞こえた。振り向けば、今まさに地から別離しようとしているフェンスが目に入る。臨也がどこにでも道を見出すのなら、静雄はどこにでも道を作るのだろう。フェンスを静雄が捻り持ち上げ、今まさにそこを新しい公園の出入り口にしようとしていたのだ。公道に投げられるかと思ったが、静雄がフェンスを公園に放り捨てたので一安心する。
臨也はその間も逃走する足を止めやしない。恐らく背後で聞こえたフェンスの悲鳴に冷や汗くらいは額に伝っているのだろうが、止まる車の天井に片手をつき軽やかに飛び越えていくと公園向かいの歩道まで駆ける。足の行き先は歩道に添わず真っ直ぐ眼の前の行き止まりとなる細い路地へ駆け込み、ビルの横壁を左右交互に高く蹴り上げたかと思うと行き止まりとなっていた壁の縁にしがみつき這い上がった。縦走とでも言おう、壁でしかない塀を脚力で助走し腕力でよじ登ったのだ。臨也の姿が一瞬のうちに消え、状況を把握するのに多少時間がかかる。
しかし静雄も伊達に臨也を追い続けていたわけではない。律義に青のままである横断信号を渡りその路地へ走り込み、そして最高の武器に成り得る腕力…ではなく、その身長を生かし、地面を勢いよく蹴った跳躍だけで塀の縁を掴み飛び越えてしまった。
いつも思うがどちらも本当に凄い逃走追走劇だと思う。台風の様に訪れたあっという間の出来事に、私が待つ信号の周りだけ時が止まったのかと誤認識出来そうだ。そう、これら全てが、私が信号待ちをしている間に通り過ぎた日常である。





「何か、大きな音しなかった?」
「ミーカードー!お前が池袋に来た時一番初めに俺様がしてやった忠告は何だった?思い出してご覧?ん?関わっちゃいけないデンジャーでテラボーな事がたっくさんあるんだって言わなかったかな?」
「テラボーって何、ドラクエの新種の敵?」
「っおま、トラブルだよ!トラブルの意!トゥらぶるじゃないからそこは」
「あぁ、ほら音が近くなってきた…。」

学校帰りだろうか、制服姿の男子学生二人が緩やかに歩きながらそんな会話をしていた。地響きのような恐ろしい音が迫ってくるのにいち早く感づいた男子学生がその音が聞こえる方に目を凝らすと、塀の上を駆けて来る人影を捉えた。
塀の上を奔走しながら塀から塀を飛び渡って駆ける黒髪の男。黒猫の様なバランス感覚で逃走するその男は、地下に続く階段を囲む片側の塀に走り渡ってくると、同時にそれを踏み台にし勢いよく跳躍。反対側の壁の縁に腕力だけでしがみつくと、両足で壁を蹴り上げ体を大きく振りかぶり、その遠心力で体を壁向こうへ追いやると綺麗に壁を超え着地した。

「やぁ、帝君に紀田正臣君!久しぶりだね、そしてさよならだ。じゃあね!」

烏でも黒猫でもないその男、折原臨也に挨拶された帝と正臣は、今眼の前でこの池袋で最も危ない日常が起き迫っているのだと把握する。爽やかな笑顔で走り去った臨也を蒼褪めながら見送り、すぐにその場から脱出しようとすれば。

「ちょろちょろ逃げんじゃねぇえええ!!」

臨也が乗り越えた塀をその怪物が同じく乗り越えてきた。煮え返るほど恐ろしい声色で追走する男、平和島静雄が凄まじい形相で眼の前を通り過ぎて行った。道の向こうで臨也がビルに駆け込んだのが見え、それを追い静雄もビルへと姿を消す。ビル内部だと退路が無くなって追いつめられるのではないかと帝は臨也を案じ、ビル内部は逃げ道がない絶好のチャンスだと正臣は臨也が静雄に捕まる事を強く願っていた。
喧騒は遠ざからない。約一名の怒鳴り声のおかげで追走劇がビルの階を上がっていくのが解る。帝も正臣も追走劇から目が離せず、その場から離れる事が出来なかった。そして二人が屋上に出てきたのだと喧騒が教える。思わず顔を上げれば、ビルからビルへ飛び移る臨也が見えた。間を置かず静雄もそれを追いビルを飛び移る。二つほどビルを越えた先には飛び移れる同じ高さのビルもないというのに、それでも二人は足を止めない。
勢いよく何もないビルの先へ向かって疾走する臨也、落ちる、それしかあり得ないはずなのに、臨也は飛んだ。疾風の様な助走で勢いよくビルの縁を踏み切ると、体を仰け反らせて大きく飛距離を伸ばす。まさに全身を使っての跳躍、そして2メートルもあろう空間を飛び越えると、一階分下段の廃ビルの屋上へ転がり落ちた。嘘だろうと、思わず目を疑いたくなる様な光景。体を空中で一回、地面で一回転させての見事な受け身に、見ている者は息を飲まずにはいられないだろう。その鮮やかな逃走劇に浸りもせず、臨也は受け身を取った後すぐ体勢を立て直すと再び遁走し出した。
ビルの縁から乗り出しその始終を見ていた静雄は、その臨也の遁走に怒りが頂点にまで達する。眼の前で取り逃がしてしまった悔しさに静雄は雄叫びを上げ、そして臨也を殴り殺すという意思を更に強めた。

「ヤっべぇ…帰るぞ帝…!」
「あ、ぁ、そうだね…!」

怪物は黒猫にも烏にも変身する黒幕の捕獲を未だ諦めず、殴り飛ばすまで追走を続ける決意を固めたのだと、憤怒に煮え滾る雄叫びを聞いてしまった池袋の住人は誰もが悟る。
さぁ、本当にヤバいチェイスが始まったのだと日常が戦慄いた。








Jumpsuit!!
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あきゅろす。
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