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a.m.11:21 side:S




一向に進まない待ち列に、本当にアトラクションに乗れるのかとさえ思ってしまう。徐々に進んでいるのは確実なのだろうが、やはりこういう場に慣れていない奴に80分間という時間はきつ過ぎる。更に、だ。隣のこいつが大問題なわけだ。
待ち時間に慣れなくてイライラするのは大目に見てほしいが、隣のこいつの存在にイライラさせられるのは本当に我慢ならない。よりによってこいつと二人きりで80分とは今まで生きてきた中で恐らく最高の拷問時間だ。しかし、何故このキレやすいと自覚している俺が、未だに隣で気まずそうにだんまりを決め込むノミ蟲こと臨也を消し飛ばさずにすんでいるかといえば、

「…フッ」
「鼻で笑わないでくれるかなシズちゃん…!」

臨也の顔面を見ただけで殴り飛ばしたくなる衝動を、不釣り合いながらも見慣れたせいか臨也の一部と化してしまった紫の猫耳が抑えてくれるからだ。引っ下げながら臨也が踏み出す度揺れる尻尾も、気を紛らわしてくれる。
何故こいつがこんなオプションを着ける破目になってるかなんて知りもしねぇが、マイル辺りの仕業ということぐらい察しがつく。しかし何とも面白い事をしてくれたもんだ。気持ち悪いや鬱陶しい以上におかしくて仕方がない。臨也自身もそれは嫌というほど認識しているらしく、先程から恥辱に悶え疲労困憊、雰囲気は憂鬱で今にも泣きそうだ。初めこそ困惑して反応に戸惑ったが、今はざまぁなくて、苦しみに苛まれる臨也を見てる分には哀れだが楽しくて微笑が止まらない。

「楽しそうだなぁオイ。」
「シズちゃんの方こそ楽しそうで何よりだよ。あまりに楽しいからってそんな嫌味を言うようになったんだね最悪だ滅べ。」

殺意と憎悪を込めた瞳で睨んでくるが、正直疲労の方が勝っているのでそんな死んだ目で睨まれても怒りは湧かない。むしろ若干可哀そうだ…とかも、思ってやらねぇ、断じて。
沈黙。
先程から二言三言言葉を交わしては沈黙というどうしようもなく気まずい時間が流れていた。俺でも気まずいと思うのだから、臨也にとっては相当だろう。仕方がない、本当に仕方ねぇ。こんな所で出会っちまったのも運命だ、いやノミ蟲が運命の相手なんて最悪だが、今回は俺達二人以外にも連れがいるのだ。茜やヴァローナ、勿論マイルやクルリにだって楽しんでもらわなきゃならない。よし、俺は譲歩する事にしよう。この某テーマパークの為にも、消し飛ばしたい気持ちを我慢して今日だけは休戦としといてやろうか。

「チッ、癪だが今日だけは休戦としてやる。その猫耳と尻尾に感謝しろ。」
「え、ちょっと待て。この猫耳と尻尾のどこにそんな効力があったの?何がシズちゃんにそんなあり得ない決意をさせたわけ?え、え、猫耳尻尾ってそんなに偉大なもんなの?マジでか。」

恐ろしいものを見るように臨也が疑いの眼差しを向けてくるが、お構いなしに少し進んだ待ち列を詰める。臨也もそれに気付き進むが、臨也の足取りはかなり危なっかしかった。ふらふらというか何というか、どんだけ精神的に疲れてんだ手前。
沈黙。
気まずくて何かアクションを起こしたくて、そういや臨也を支えた時に代わりに持ったポップコーンがあると思い出した。マイル達が食うものかと思ってたが、若干食われていた形跡があるし、80分待ちでポップコーンを押し付けてきたのなら恐らくもう食べないんだろうと、俺はそのポップコーンを臨也に差し出した。
いや、正しくは臨也の方に傾けた。中身が取りやすいように、紙パックの口を臨也に向ける。ノミ蟲如きの為に動く動作が面倒臭かったので、俺は左側に居る臨也に左手に持つポップコーンを左にほんの少し傾けるだけ。
それだけの動作で、やたら状況把握能力に長けている臨也は俺の意図を悟ったのか若干引いた後そわそわとし出す。信じられないとでもいう様に目を見開き、食うか食わまいかを躊躇っている。俺は辛抱強く待ってやった。しかし物凄く躊躇っている。…これじゃあ埒が明かねぇ。

「ん」

言葉にならない言葉で臨也を促すと、大袈裟なほど臨也はびくっと身を強張らせた。しかしすぐに嫌悪感を露わにしこちらを窺ってくるが、無言の圧力に耐えられなくなったのか悔しそうにポップコーンへ手を伸ばしてきた。
もさもさ、未だに躊躇いがちな手つきでポップコーンを食べる臨也。どんだけ躊躇ってんだよ手前。別に取って食いやしねぇよポップコーン。いや違うか?俺がお前を取って食うとでも思ってるのか?ははは、ないないない。ねぇよ!……多分。
そんな理解しがたい思考を巡らせながらも、相変わらず絶妙な角度でポップコーンを臨也に向けては臨也が渋々ポップコーンを摘み、その合間に俺もポップコーンを食う。
沈黙の中ポップコーンを食べていれば、そろそろ残りが少なくなってきたのか臨也が底にあるポップコーンを取りにくそうに眉根を寄せていた。そんな光景に内心少しだけ笑いながら、もう少し先にゴミ箱があったので臨也に形の崩れていないポップコーンを食わせ、残りの底のポップコーンは容器ごと傾け俺の口に運ぶ。うわ、何かガリガリいう。弾けなかったコーンの残骸かコレ。
まぁそんなこんなでポップコーンを片づけ、進んだ待ち列の先にあったゴミ箱に容器を放り込むと、

「あ?何だあれ。」

ふと、待ち列前の道に人が集っているのが見えた。眼を凝らしてみれば、その集まりの中心にこのパークのキャラらしいものが見える。所謂キャラクターグリーティングというものなのだが、俺は知らないので何か出てきてるという率直な感想しか思い浮かばなかった。が、

「何、どうしたのさシズちゃん。」

約一名はその感想の意味すらわかっていないらしい。
俺は平均からいえばかなり背が高い方だ。だから待ち列に並ぶ人の頭に邪魔されずその光景が見れていた訳だが、臨也にはそれが出来ない。臨也も背が特別低いわけではないが、俺から見れば見下ろす程度の身長で。その為、何か道で起こっているという事は把握できても、実際それはギリギリ被る人の頭や植栽に邪魔されて視覚に捉える事は出来なかったのだ。
………ッ。
あまりに滑稽でむず痒い臨也の様子に、俺は思わず手で口元を覆いながら顔を背けて小さく笑った。笑いを堪えたせいで緩く翳していた手の小指が震える。それに気付いた臨也は思いっきり顔を羞恥に顰め、俺の背中を抓ってきた。本気で抓っているのだろうが俺には痛くも痒くもなくて殴り返す気も起きない。むしろ可笑しさを煽られただけだった。

「くっく…」
「なんなのさ何なのシズちゃんマジで死ねよ。」
「そーゆうおっかない事言うもんじゃねぇって言ってただろ臨也君よぉ?」

凄んでそう言っても、完全に馬鹿にしてやっているのでどうも声色に気迫が込められなかった。それに感づく臨也は益々怨念を募らせているようだ。あー楽しい、本当にざまぁねぇ。いつも人の揚げ足ばっかとって嘲笑してくる性悪のこいつには、これくらいしてやらねぇとな。いつもこんなに切羽詰まって弱々しくしてりゃあ可愛げあるのに。

「いやそれはねぇ!!」
「なな何だよ急に!」

行き過ぎた思考に思わず声を上げて全否定したら、俺以上にびっくりした臨也の体が再び強張った。ビビりすぎだろこいつ。いやそれよりもだ、何だ今の。
可愛げ?そんな馬鹿な!それこそノミ蟲とは無縁だろう!いやでも、並び始めてからこの猫耳を見ていると徐々に芽生えてきたむず痒い気持ちは何だ、尻尾が揺れるのが目に入る度胸がざわめくこの気持ちは何だ。猫耳尻尾のオプション効果だろうから断じて臨也がというわけじゃねぇが、これはアレだ…、か、可愛いとでも思ってんのか俺!?

「ぁあぁああ…!」
「何なんだよもうさっきからシズちゃんが怖いよぉ…!マジで怖ぇもう本当勘弁して下さい、意味不明なシズちゃんの隣にいるとか本気恐怖なんですけど。早く戻って来いよマイル、クルリ…!」

隣の臨也が泣きそうな声でそんな事を言っていたが、俺は俺自身のあり得ねぇ思考に一杯一杯で。低く唸る金髪のバーテンと、それに怯えるように距離を取るやさぐれた雰囲気の猫男が二人して並んでいる光景は、周りから見ても異様なんだろう。俺が頭を抱えている内に、周りの人間は少しだけ俺達から距離を取っていった。


取って食う、か…。








あきゅろす。
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