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a.m.10:45 side:I




まったく子供という生き物は聡い。それは自分の置かれた状況が非日常であればあるほどで、周りに過敏にならざる得ないからだ。雰囲気を読む分には、あの粟楠茜は相当聡明な子だろう。
恐らく俺が「イザヤお兄ちゃん」である事を心で確信しているのに、敢えてそれを心に押し込めたのは自らの混乱を無意識に抑え込めたかったのと、この俺の現状況があまりに悲惨な空気なのだと感じてここで彼女の家出の手引きをしたという話題は控えてくれたのだろう。繰り返すが、本当になんて聡明な子だろう!

「オイ…、臨也。」

そういえばあのロシア人の女性、あぁ、スローンの相方か。今は確か……池袋に腰を落ち着けてるらしいね。にしても戦闘狂である彼女がこんな温和な所に来るなんて面白い事だ。恐らく彼女にはこういう施設の意義さえあまり理解できないだろうな!

「臨也くぅぅん?」

やだなぁ幻聴が聞こえる無視無視、無心になれ俺。これもこのパークのアトラクションの一環かな?わぁ、こんな身近でショー音楽が聴けるなんてついてるんじゃないのか俺!でも興味ないから嬉しくも何ともないね!

「いぃぃいざぁああやぁぁあああ!!聞こえてんだろうが手前返事くらいッ」
「うるさいですよショー音楽さん、ここは憩いの場ですよましてやテーマパークですよしかも待ち列ですよ静かにして下さいお願いだからただでさえ目立ってるんだからこれ以上目立つような真似しないでくれないかなホントにぃいいい!!!」

最後は泣きの懇願に等しかった。俺らしくないね、とか言えたらいいけどもうこの現実全てが折原臨也と懸け離れ過ぎて何も言えないや。80分間の待ち列に大の青年が二人きりで並び中。しかも片方はサングラスにバーテン服ときた。こんな所までそんな無駄に目立つ服で来るってなんなのシズちゃんお前本当に私服全てバーテン服しか持ってないの、とか思うけど俺の格好に比べれば俺は喜んでバーテン服を着るかもしれない。片方の俺は……可愛らしい猫耳尻尾というオプション付きなのだからあー死にたい。
頑張ってシュール過ぎる現状を客観的に把握しようと思考を巡らせて結局現実逃避してみた訳だが、隣のこいつが、この怪物が、今というか何時も一番会いたくないむしろ叶うのなら金輪際二度と顔を合わせたくもない俺の大ッッッ嫌いなシズちゃんが、それを許してくれるはずもなくて。

「手前ぇぇ…これでも俺だって我慢してんだよただでさえ手前の匂いにイラついてたのにあぁクソもう死ッ…、消し飛べよノミ蟲ィィ!!」
「あのねシズちゃん」
「くそ何だウゼェ何だよ!」
「俺もだよ。」

その気持ちがお前だけと思うなよ、そう、死んだ目ながら真顔で答えてやった。すると一応夢と魔法の国にそぐわない暴言を抑えたシズちゃんは珍しく、ほんの少しだけだけど気圧されてくれたらしい。それだけ俺もマジギレしそうなほど自暴自棄ということか。
ああもう止まらない。いつもなら周りを流れる音楽の様に軽快で嘲けながら言葉を吐くと言うのに、出てくるのは淡白に淡々と、疲労と自棄を隠さないただの文句だ。

「シズちゃんだけがイラついてると思わないでくれよ。俺もシズちゃんが大っ嫌いだという事は承知してくれてると思うけど、俺なんてイラつくとか通り越してもう本当にただ辛いだけだからね?シズちゃんより辛い状況だという自信あるから。我慢も普段の俺では考えられないくらい相当してるからねコレ。ていうかもうホントになんなの?何でいるの?何で別行動了承したの?馬鹿じゃないのか?考えたらわかるだろどんなに悲惨な状況になるかなんてさ。80分も一緒だとか本当無いから、あぁそれはないわ。いやこの格好で80分間一人きりとかもないわ。けどシズちゃんと一緒も大差ないか?というかうん、もう現実がひど過ぎて生きるのがつらい。俺は今盛大に死にたい気分だが、シズちゃんに殺されるのだけはギリ紙一重で断るよ。けど死を遠ざけようとしていたこの俺が、自ら死にたいなんて思えるほどの状況だってことは幾ら大嫌いでブチのめしてやりたい相手だとしても解ってくれるよね?なぁ、解れよマジで。」

捲し立てたその文句の間息をした覚えはない。シズちゃんのこめかみに青筋が浮き立って怒ったのだと解ったが、そんな事どうでもよすぎる。シズちゃんの事だから我慢できずブチ切れてここで俺を消し飛ばすかもと思うが、今もしそうなっても俺は抵抗しないだろう。それだけどうでもいいのだ、この現実に比べれば。
どーにでもなーれ。

「ここがもし夢と魔法の国じゃなかったら手前をもう東京湾に沈めてる。」
「それを言うならここが隣のパークだったらラグーンに沈めてるって言われる方が楽しそうだね。ていうかそれ重々承知だから。でも俺今IFとか考えられないから超どうでもいい。」
「…そうかよ。」

何だよその変な返事は。ていうか本当に俺の気持ちを悟ってくれたのか、若干シズちゃんのイライラが収まって来ているように見える。なにそれ怖い。

「………」
「……」
「…臨也よぉ…」
「何」
「………」
「……っ」

気 ま ず っ!!!
何か喋れよほんっと何考えてんだよお前!静寂とか気まずいから黙って待ち列並ぶのとかただの追い打ちだからいや喋りたくなんてないけど!くっそ何なんだよシズちゃんさっきから俺をチラチラ見やがって!それが気まずいんだよこっち見んな!!

「…あー…」
「クソ何なの早く言えよ。それに何、いつも喋るなって注文つけんのに今はシズちゃんが喋りかけて来るのか?矛盾じゃないそれ。」
「………」
「だから何か言、」
「手前にそんな趣味あったのか…耳。」

あああぁあぁああぁあああぁあぁくぁwせdrftgyふじこlp;
そうだよね俺の気持ちをシズちゃんが悟ってくれる訳ねぇよな俺が馬鹿でしたァアアアア!!!

「しかも尻尾付きって…」
「そんな明らかにドン引きしないでくれるかな!?俺だって着けたくて着けてるわけじゃないんだよ!俺の頭のネジが飛んでるからってここでこういう事するキャラじゃないってさすがに解ってるだろ!?むしろこういう所に来るキャラじゃないよね俺は!だから全部仕方ないんだよ不可抗力なんだよっていうか脅迫でしかないんだよもう詳しい事はマイルに聞いて下さいッていやだめだ詳しく聞くなよ絶対聞くなよ!とにかくこれは断じて俺の意思じゃないからそれだけは確然たる真実だからな!!っもう、ッ……!」

息が詰まったもうやだ死にたい。

「もうほんと…っ、嫌だ……」

自分からこんな弱弱しくて情けない声が上がるなんて思いもしなかった。そして今思い知った。声を荒げた後、急に愕然と項垂れてやるせなくなる。本当に一体どうしてこうなった。そもそもシズちゃんがこんな所に来ていなければこんな事にならなかったんだ。シズちゃんもここに来るタイプじゃないだろうに、あぁ粟楠茜と一緒の時点で大体察しはつくけど何でこんなだだっ広いパークの中で出会えるかな。しかも俺が絶賛不調中で絶望的な状態の時に!恥ずかしい、そうだよ恥ずかしいんだよ!あまりに屈辱だ!
……何か、シズちゃんの目線に哀れみが含まれているのは気のせいだろうか。そういうのホントいらないから。あり得ないだろ気を使うとか本当に虫酸が走る気持ち悪い悪寒がする。シズちゃんはシズちゃんらしく馬鹿げた格好だって笑ってればいいだろ。

「…似合ってるぞ。」
「言ったそばからァアアアア!!そういうの要らないからフォローとか求めてないから虚しくなるだけだから!なんなのもう空気読んでよ変なフラグ立てなくていいから!!」

何んでシズちゃんはこうも俺の傷を抉るのに長けているかなァァ!!どこまで追いつめれば気が済むのかわざとか、おいお前わざとかくそったれがァァ!!

「そ、そうかよ…」
「もういいから、それ以上俺の傷抉らないで?!それともいつもの仕返しかな!うわぁ良かったねおめでとう効果絶大だよ今なら多分罵り合いでも俺を余裕で打ちのめせると思うよ!だから変に気を使って来ないで下さい気持ち悪いです本当に気持ち悪いです。あああもう何なんだよ何でシズちゃんなんだよあああぁ。」

吐きそうだ、俺終了。ゆっくりゆっくり進んでいく待ち列の地獄の様に長い苦痛の終わりが見えなくて本当に涙線とか精神とかヤバい。微妙な距離を間に保ちながら並行して歩くわけだが、もうホント俺やばい、俺がヤバい。疲労感と絶望感とイライラと気まずさと羞恥に本気で泣ける。シズちゃんの方を見る余裕もなくて、それでもどうしようもない静寂の気まずさに呼吸困難を起こしそうで、空虚感を込めた眼差しでシズちゃんの方を見れば、

こいつッ…!!ニヤニヤしてるだと…!!
着いてる猫耳と尻尾の愛らしさと真逆の憎悪が溢れ返ってくる感覚に、俺は反射的にいつもより巧妙に隠したナイフをポップコーンを持っていない方の手で周りの人間に見えないよう取り出す。取り出した、はずだった。

「こういう憩いのテーマパークで、こんな危険物取り出しちゃいけねぇよなぁ臨也君よぉ…!」
「く、そが!それを言うなら危険物なのはシズちゃん自身だろう、何で入れたのか不思議だね!」

ナイフを取り出そうとした手は捻り上げられ、嫌に骨の軋む音が小さく聞こえた。折られない事に恐怖さえ覚える。勿論シズちゃんが今までの待ち時間ずっとイライラしていたのは知っていたが、どうやらシズちゃんは怒りに余裕があるらしく。俺の方が切羽詰まったようで格好悪い。でも解る、抑えられないから仕方ないだろ。

「嫌いだ。」

相当疲れているのか、考えなしに体が動いて勢いよくシズちゃんの足を踏む。それはもう勢いよく踏んでやった!ああ、爽快だ!刹那、鳩尾にめり込んできたシズちゃんの拳に更に頭が爽快になる。

「か、はっ…はッ…!」
「調子乗んじゃねぇ…!せっかく似合ってるその猫耳を顔面殴って飛ばすわけにもいかねぇしよ、足折って揺れてる尻尾の邪魔すんのも悪いと思ってな、手前の気持ち汲んで腹にしてやった。」

そんな事を言ってたけど正直意識が朦朧として倒れそうになったのでよくわからない。ふらついて落としそうになったポップコーンはシズちゃんが掴んでくれた。そして、ふらついた俺自身さえシズちゃんが支えてくれる。更に気付きたくなくても気付いてしまったのは、俺の内臓が破裂していないという事は相当手加減されて鳩尾を殴られたという事だ。これはそうだ、仮初の非日常の娯楽施設へ訪れるよりも、可愛らしい猫耳尻尾を着けるよりも、何よりも屈辱。
相変わらずシズちゃんに凭れ掛かる形で支えられている俺は嫌悪に顔を歪める。するとシズちゃんはそのまま俺の耳元で、

「あまりに哀れな格好だったから混乱したが、たった今からそのざまぁねぇ手前の格好をさんざんからかってイライラを発散する事にするぜ。」

そう、楽しそうに楽しそうに宣告した。
そこで俺は本日二度目の涙目を迎える事になったわけだよ。







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