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a.m.10:18 side:S




「くせぇ…」

あいつの匂いがする。いつもと少し違って哀愁を感じるのはさておき、これは間違いなくあいつの気配だ。けど、あいつが、あのノミ蟲が、わざわざ休日を使ってまで悪趣味な仕事と無縁のこんな場所に来るか?有りえねぇ、有りえねぇな。でも、これは確かにあいつの…。
というものの、それは俺にも同じ事が言える。俺はなんて所に来たんだ。人でごったがえす場所は見慣れていたが、それでもこの人の多さには目を見張るものがあった。ここまでくると人酔いしそうになる上、あまりの活気に腰が引ける。

「思ってたより凄ぇ人だな…」
「疑問を提示します。何故これほどの数の人間が集合しているのですか。ここで祭儀でも執り行われるのですか?」
「違うよ、ここは…そういうところだもん。」

俺の後輩がそう口にした後、この状況を作り出した張本人がすかさず答える。まったくもって不思議だ。俺の左右にヴァローナと茜が居ることは別段不思議じゃないんだが、問題は今俺達がいる場所だ。
東京の某テーマパーク。
前述のあのクソノミ蟲もこういうテーマパークとは無縁だが、違う意味で俺もそういう部類だと思う。いやバイトとかは別としてだな。遊園地なんて小学校以来というほど、こういうテーマパークにプライベートで来るようなタイプじゃない。また、俺は人よりも遥かに超越した力を持ってしまっている為、怖がられている結果周りからもここに訪れるタイプじゃないと思われていると思う。
そんな俺、平和島静雄が何故この某テーマパークに来ているかというと理由は単純だ。茜にせがまれた。ただそれだけだ。
俺の力を見ても俺になついてくる茜にはどうも弱く、俺は期待に見上げる茜の笑顔に根負けして承諾してしまった。そうしたらどうだ、トムさんがそれじゃあ不公平だって、ヴァローナを連れて行けっていうもんだから。何でだとは思ったが、無愛想な後輩に気分転換でもして欲しくてヴァローナを誘ってみるとびっくりしたのはヴァローナがこのテーマパークを知らなかったって事だ。それを話すと茜も肩を落としながらも了承してくれた。渋々に見えたのは、多分照れ隠しなんだと思う。

「何乗ろうかな!静雄お兄ちゃんは何乗るの?」
「ん、あ、俺か?俺は何でもいいぞ。ヴァローナはどうだ?」
「私は意見を持っていません。全ての行動は二人の意思で決定する事を推奨します。」
「二人とも…乗りたいのあったらいいんだよ、言ってね?」
「否定します。重複ですが、私は意見を持ちません。どうぞ今日は貴女が希望する行動を、茜。今日私がここを訪問したのは、先輩からの誘いが発端ではありますが別途目的を携えています。守護する事、それ即ち貴女の意見は全て肯定になります。」

つらつらとヴァローナが茜に向かって言ったが、茜はあまり理解しきれていないようだ。正直俺もだが。
遠目に見守ることが難しいパーク内で、ヴァローナは粟楠茜の護衛を粟楠会から頼まれていた。暴力団関係者の入園お断りという事実がある為、グループ内という最も身近で確実に守れる保証のある位置にいて、しかも面識も有り腕も確かで丁度誘われていたヴァローナが抜擢されたのだ。ヴァローナも思う所はあるが報酬と引き換えに渋々承諾。説明してみたが、俺は勿論そんな事知る由もない。
どうやらヴァローナは人の多さと活気に俺と同じく構えているようで、そわそわと落ち着かないようだった。こんな後輩の一面が見れて微笑ましくなるのは、初めての後輩だからだろう。まぁヴァローナが言うように今日の主役は茜であるから、お供が俺でいいのかは戸惑うが楽しんでくれるならそれでいい。

「じゃあわたし、ここ行きたい!」
「おう。」
「了解です。」

どんなアトラクションかはよく確認しなかったが、俺とヴァローナが二つ返事で承諾するとヴァローナは地図と睨めっこし出して、俺はとりあえず感覚で歩き出した。方向感覚があるのは男の方が多いというから、こういう時便利だと思う。



歩き出して、目まぐるしく変わる異国情緒とテーマパークらしさの華々しさ、日常から懸け離れた非日常さに茜は目をきらきらと輝かせ、ヴァローナは相変わらず理解不能だという顔をしながらも少しだけ興奮気味だった。無邪気に遊んでくれれば可愛いものだ。かくいう俺も、むず痒いけどなんか心がほわほわする。
あいつの匂いさえしなければなぁぁぁ…!!
というわけで若干イライラしていなくもないのだが、それはこの二人には関係のない事だし、せっかく楽しみに来ているのに俺がイライラして不機嫌だという最悪な理由で台無しにする訳にはいかない。

「あっ!ここ、かな?」

茜の明るく上がった声に顔を上げると、そこには静けさと不気味さを醸し出す古びた洋館風の建物が建っていた。どちらかというと虚ろで吸い込まれそうな雰囲気のその建物は、一見するとアトラクションなのか判別がつかない。ただ、外観で真っ先に目に入ってくる西洋風の墓のオブジェクトの異様さと、意外にも多くに人が待ち列を作っているのにそれは確実にアトラクションなのだ解る。

「わぁ、怖いなぁ…」
「じゃあやめとくか?なんかもっと可愛いものなら他にも…」
「やだ、ここがいい…!」

怖気づく茜に無理はするなと言いたい。そう、このアトラクションはあれだ、パンフレットで名前を見たが、ホー●テッド・マ●ションというこのパーク唯一のホラー系ライドだ。俺は訪れるのが初めてなので知識全ては天の声と思ってくれ。

「茜、問題は皆無です。所詮は人工的に建築されたものであり、全て演出なのが明瞭な事実。」
「うう…でも…」
「先輩が、そして私が同伴。よって貴女が恐怖を抱く可能性を否定します。」
「そうだな、ヴァローナの言うとおりだ。俺らがいるだろ?」

こうして見ると、やっぱりヴァローナは茜と仲良くやってくれてるんだと思う。その絵図面が微笑ましくて、ふと待ち時間の看板に目をやれば、

「80分…!?」
「どうしたのですか先輩。」
「待ち時間って…あれか?」

目に入ってきたのは待ち時間80分という明らかに現実離れした現実だった。嘘だろ、オイ。

「………80、分」
「長いね…でも、ここじゃ普通って聞いた…。」
「不明瞭です。何故施設へ乗車するのに80分待機せねばならないのか誰かご教授下さい。」
「たくさん人がいるもん…仕方ないと思う。」
「益々不明瞭です。遊楽する為に80分待機をしてそれは苦痛とはならないのですか。そこまでして遊楽したいものなのですか。」
「よくわかんねぇが…そういうもんなんだろう。」

明らかに衝撃を受けているヴァローナに何とか言葉をかけようともそんな言葉しか思いつかない。俺だって衝撃を受けてんだから。そこで俺達はそのアトラクション前で完全に立ち竦んで、さて、どうしようかとそれぞれ思ったその瞬間、

「あれぇ!?あれれれ!?静雄さん!?」

聞き覚えのあるはつらつとした少女の声が、軽快な音楽の中背後から聞こえた。

「あ!マイルお姉ちゃん!」

茜がとてとてと駆けていくのが目に入り振り返ると、そこにはまさかのマイルとクルリがいた。パークで買ったであろうカチューシャまでつけて、買ったばかりのポップコーン片手に俺達の方へ駆けてくる。

「うわぁ意外!まさかこんな所で会うなんて!茜ちゃんはともかく、静雄さんや綺麗なお姉さんまでいるとは!奇遇だね奇遇だね、とっても楽しくなってきた!」
「挨拶……会…嬉…」
「貴方達は…境内で時間を共にした双子と認識します。疑問を提示します。何故今日ここを訪問しているのですか。」
「ここで会えるなんて嬉しいな!」

本当に奇遇だ、池袋から離れたこんな場所で双子に遭遇するとは。女子が邂逅を感激しあっている所へ駆け寄ろうとしたら、

「おいマイルにクルリ!先々行くなって何度も…ッ」

そいつが、反対側から駆け寄ってきた。その時の、今まで見てきたどんな表情より絶望的なそいつの顔を、俺は多分一生忘れられねぇだろう。

「い、臨也ぁあああああああ!!?!」
「ッッ!!!!」

何 で お 前 が こ こ に
だからくせぇと思ったんだ!というかこういう所とは無縁だろノミ蟲ィ!似合わねぇ!!つーか何で、何でお前が今日この時間この日にこの某テーマパークに居やがる!!
殺、とりあえず殺す。
夢と魔法の国でなんと物騒であるまじき思考を持った等色々と、とりあえず本当に色々と思う所はあったが、目に入った途端急激に怒りと違和感が湧き立ちダッシュで逃げようとした臨也を反射的に捕まえようと踏み出せば、

「イーザー兄ー?私、イザ兄が大好きだから今の携帯待ち受けイザ兄にしてるんだよね!クル姉もだよ!で、静雄さんに自慢したいんだけどいいかなぁ?」

マイルがにたにたとした微笑みで臨也の背に向かって意味深な言葉を発する。するといつも以上に全力で駆け出そうとしていた臨也の動きが嘘のように止まった。呆気にとられ、俺まで怒気を掻き消されてしまう。
おずおずと、何処かぎこちなく、疲労しきった臨也がこちらに振り返れば、先程から止まらなかった違和感の正体に俺は固まった。

臨也に耳がついている。
いや、正確には猫耳と尻尾だ。
……何が起こった?

俺は目を疑うしかねぇよな。ちょっと待て、色々と待て、何だこれ?臨也にカラフルで何とも目に痛い鮮やかな紫の猫耳に縞模様の尻尾は、どこからどう見ても猫、じゃねぇ、このパークのキャラの、マイル達が着けているカチューシャと同じ部類のむしろワンランクアップした様なものがついてるだと。グッズ?グッズって言えばいいのか?わっかんねぇ、とにかく反応しねぇと…!!

「臨、也…だよな?」
「……あ」
「…何とか言えよ。」
「人違いだと思います。」
「嘘吐けぇえええええ!!手前臨也だろ!?おい、おい手前、何だそれ、何だその、み、耳!!」
「言うなァアアアアアア!!人の傷を抉るなァアア!!」

いつもより数倍オーバーなリアクションが返ってくる事に正直驚いたが、泣きそうになっていることから相当マジなんだと直感した。その会話以降、一切反応できず、お互いがお互いをまじまじと見つめあったまま気まずそうに時が停止する。あまりにも強烈な衝撃だ。何が起きてるマジで。
そんな静寂を引き裂いたのは、またもやマイルの声。

「良いこと思いついた!ねぇ、せっかくこんな所で会えた奇跡をお祝いして、一緒に遊ぼうよ!うん、それがいい!ねぇクル姉?因みにイザ兄は全力でオッケーだって異論は認めない!」
「…良」
「私は……茜と先輩が了承するのなら問題ないですが。お二人の回答を要求します。」
「わたしは…全然良いし、多い方が楽しいから嬉しいけど…静雄お兄ちゃんは、いいの?」
「え、あ、ぁあ、俺か?」

急に振られた質問に俺ははっとした。どうやら相当俺は混乱しているらしい。

「いいんじゃねーか、ああ、いいと思うぜ。多い方が楽しいなら、一緒でも。」

何も考えられずに、ただ単純に茜達が楽しいならという素直な気持ちで答えてしまった。それに、後に深く深く後悔する事になるわけだ。

「じゃあ決まり!しかも同じアトラクションに乗ろうとしてたなんて何てナイスタイミング!ここは男性陣に待ち番任せて、女子組は買い物とフードカート巡りだ!」
「え、え?静雄お兄ちゃんは?」
「どうやら女と男に分かれての行動を双子は要求しているようです。恐らく80分という理解できない待機時間を消化する為の策でしょう。私の意見は無視を前提していますが、私はこの要求を肯定します。」

相当待ち時間が嫌なのか、ヴァローナは率先してあっさりと双子に同意。どうやら茜も薄々とそれは思っていたようで、こちらを窺いながらも双子と一緒に行きたそうにしている。

「いいぞ、茜。行け行け、子供はわがままでいーんだよ。俺が並んでてやるから遊んで貰ってこい。」

微笑んで頭を撫でてやると嬉しそうに茜がへにゃりと笑って、マイルに手を引かれる。マイルは先程から生命力が感じられないまま停止している臨也にポップコーンを押し付けると爽やかな笑顔で、

「じゃあ入口付近まで列の順番が来たら合流するね!静雄さん、イザ兄と一緒に待ち番よろしくお願いします!」

凄まじい現実を俺と臨也に突きつけて、女子組は颯爽と姿を人込みの中へ消し去っていった。そこでやっと空回りしていた現状を理解し出す。
双子+猫耳のノミ蟲と合流→一緒に行動→女子組と男性陣別れる→女子組は待機時間はどこかで暇つぶし→男性陣は待ち番→男性陣は俺と…猫耳尻尾の付いた臨也。


臨也と二人で80分。
猫耳臨也と二人で80分。


隣を見ると、死んだ目をした臨也の息は止まっていた。







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