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二等点倒立<静臨>




そんな言葉に意味は無い。ただ思い浮かんだだけ。そうだなぁ、敢えて意味を与えるとしたら、「一等より次の点が逆立ちしている」って事になる。はは、意味わかんないねぇ。少し考えてみるとしようか。



情報屋の折原臨也は今日も池袋を歩く。憎らしいほどの晴天に特に何の情緒も抱かず、ただいつもの爽やかな笑みを口元に携えていた。それだけで街中は今にも凍り付きそうになるのは臨也自身も自覚している。池袋で絶対に関わってはいけない一般の人間、折原臨也。そんな物騒な噂というか、暗黙のルールを立てられている時点で一般人なのかは些か疑問だ。しかし折原臨也を池袋で見かけた際の注意点はもう一つある。寧ろそれが善良な池袋の一般市民には大問題の、折原臨也に関わってはいけない理由。
池袋で関わってはいけないもう一人の人間が80%の確率で現れ、400%の割合でその人間をキレさすからだ。

「よぉぉおう…いーざや君じゃねぇか…!」

ぐわっとドスの聞いた声が、まるで熱湯を湛えた鍋の釜蓋からぐつぐつと地獄の万人が這いずり出してきたような男性の声が、軽やかに歩く臨也の足を止める。その瞬間の通行人の判断は凄まじく、誰もが早足にその場からかけ離れて行った。何とも目に余る不可解な行動だったが、池袋の人にとってはそれが当たり前、なのだ。

「はぁ、君が現れないという残り20%の幸運、意外にかなりの割合で20%ぐらいならそっちに導けそうな確率なのに、どうやら俺は今日、80%の確率という何とも有りがちで面白みの無い大数を引いてしまったみたいだねぇ、しずちゃん。」

そう臨也が振り返った瞬間、目と鼻の先1メートル未満に自動販売機が見えた。臨也は異常ともいえる反射神経をフルに使い、ギリギリ寸での所で自動販売機をかわす。額には冷や汗、ほんの少しだけ口元が引き攣っていた。臨也は体勢を整えると、目の前に居たサングラスのバーテン、もとい自動販売機を素手で投げた男に静かな怒りを込めて既に手に握られていたナイフを向ける。

「確率とか80%とかわけわかんねぇ事言ってんじゃねぇよ、とりあえずあれだ、何でまァたァァ池袋に居るのかだけ簡潔に答えて死ね。そのまま言葉を何も発さずに死ね。」
「矛盾してるよしずちゃん。なんで俺が池袋に居るのか答えて欲しいなら、言葉は不可欠だよ?たった二言三言の台詞でそんな事も考えられないのかい?」
「うるせぇ黙れ死ね。よし殺す。言葉を発したから殺す。」

物騒な噂より更に物騒な物言いしかしないその男は、平和島静雄。臨也と静雄が犬猿の中であるという周知の事実は、まさに池袋の火薬庫といった所か。そもそも平和島静雄という男が脅威なのだ。人間にとっても池袋にとっても、世界にとっても都市伝説にとっても、そしてまた臨也にとっても。

「相変わらず乱暴だね、早く死ねる体になってくれないかなぁ。」

あまりに純粋で真っ直ぐな軌道を描いた静雄の拳が、素早く避けた臨也の後ろの看板にめり込んだ。まるで看板が始めから何かの軟体成分で出来ていたかのようにあっさりと。

「あぁぁあうるせぇな、黙れつったろうがぁぁぁぁぁ!!俺は同じ事を二度言うのが嫌いなんだよ!」

死ね!という静雄の一言で勝負はついた。湧き上がった怒りの雄叫びを上げる静雄の懐に臨也がふっと入り込み、ナイフを腹に突き立てる。が、

「捕まえたぜ、いざやァ…!」

この男、怪力無双な上に体が人間のものではないとしか言い様が無いほど丈夫なのだ。何で出来ているのかはまったくもって不明。そんな静雄の腹に突き立てられたナイフは今回4ミリしか刺さっておらず、可哀想なことにナイフの方がしゅんと拉げていた。
静雄にがしりと斜めから襟元を掴み上げられた臨也は、口元は笑いながらも一筋の冷や汗と掴まれるという嫌悪感に怒りを隠せない。二人ともお互いが存在している時点でイラッと来るのだから、会った上にこんな至近距離となると怒りの沸点は脆く崩壊している。だからこそ自分が危ないと、静雄にとって最も効果的でないと理解しながら、臨也は自分にとって最大の防御である話術で言葉を吐き出し紡いだ。

「しずちゃんに聞きたいんだけど、」
「あぁ?なんだてめぇまだ、」
「二等点倒立の意味ってわかる?」

静雄が何か言いかけている途中で会えて割り込ませた疑問符。静雄は更に青筋を浮かばせたが、疑問符には気になる性分なのか、素直に答えてしまう。

「そんなもん知るわけねぇだろうがだから殺、」
「だよねぇ、だって俺でもわからないんだ。」

僅かな沈黙が訪れた。最高潮に達していたはずの静雄の怒りが、何故かすっと収まる。青筋も収まる。

「わからないのか。」
「うん、俺にもわからない。」
「…そうか。」
「うん。」

再度微妙な沈黙が訪れた。どうやらあの臨也がわからないといった事に少し呆気に取られたのか力が抜けたようだ。3センチほど浮いていた臨也の体がやっと地面に降り立った。

「いやぁ、でも何だろうね、二等点倒立って。」
「ていうか何でノミ蟲にこんなに会うんだよ、あれだ、お前もう死ね。」
「無視はいいけどもう少しまともな日本語使った方が良いと思うよ。」

どうやら静雄の方は臨也と色んな意味で会話する気はないらしく、一度落ち着いた怒りの沸点が臨也を見ていると湧き上がってきているのか、こめかみがピクピクしてきていた。臨也はすぐさま気配を感じ取り、静雄の方を向いて爽やかなる殺意が篭った笑顔を向けると、

「次の80%の確率にぶち当たってしまう前に、日本語喋れないまま脳が退化して死んでいっててね。」

早口にそう告げ、臨也は全速力で駆け出した。静雄も言葉の意味を考えることをやめ、我に帰ると轟音と共に臨也を追う。だがやはり逃げ足だけは臨也の方が早く、池袋の街道をゆく人々に恐怖を植え付けながら300メートルほど追いかけっこした後、静雄は臨也を完全に見失った怒りに手近にあったポストを殴り飛ばした。



「まさか二等点倒立なんて意味も無い造語に助けられるとね。」

静雄と会った事実を思い返した事に静かに苛立っているのか、臨也は拉げたナイフを無意識に弄り遊んでいた。どうしてこの世で一番会いたくもない人物に出くわしてしまう確立があんなに大きいのだろう。池袋から離れる足取りでそんな事を考えながら、臨也が一人楽しそうに「おお」と声を漏らした。

二等点倒立。
二等点は感情、倒立は真っ逆様。しずちゃんに対してくる一等の感情は「死ね」、二等が「会いたくない」、その二等点の倒立、「会いたくない」の「真っ逆様」。仕方ないよ、逆さまだもん、自分が望まなくても逆さまにはなる。
二等点倒立だからこそ、しずちゃんに会う確立は大数なんだ。あぁそうすると、今日の一件で更に二等点倒立の確立が高くなっちゃったんじゃないのかな。嫌だなぁ。せめて一等点倒立なら、いや、それだと死んでくれないじゃないか。

意味も無い造語遊びに意味をこじ付け、臨也は軽く笑った。それがあのしずちゃんへの感情だというのに、正直、その臨也の足取りは苛立っているのか楽しんでいるのか分からないのだ。





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