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×のご加護を〈帝→臨→静〉




「俺は人間全てを愛してる。綺麗であれ不細工であれ、可愛いくても格好よくても善人でも悪人でも、頭が悪かろうが良かろうがどんな感情を抱いていようがその感情全て含めて、人間という存在が愛しいんだ」

「それが臨也さんの宗教ですか」

少年が言った。臨也と呼ばれた男はケラケラけらけらと、虫の羽音のように耳障りな笑い声で少年の聴覚に纏わりついた。

「やめてよ、冗談じゃない」

男は更にケラケラと笑った。少年はそれを静かに受け入れながら、怖気づいたとも動じていないともとれる声色で畳み掛けた。

「だって、まるで自分にそう信じ込ませているみたいで、もしくは自分がそれしか信じていないみたいで、もしくは自分にはそれが全てとも言うようで、寒気がして気味が悪いです」

「勘違いしてるよ帝人君。宗教は信仰さ。人間が創造した神に従い人間が人間を愛す、またそれに従い感情を動かし、それに従った行動を起こす。何とも複雑なようで単純明快な妄想で、人間の愚直さと精神の脆弱さを顕著に浮かばせてくれるにこの上ない代物さ。そこに神はいない」

「やっぱり、」

「でも俺のこれは理念だ、心だ、愛だ。目的でしかなく、裏切られても裏切られなくても、俺は等しく人間を愛でる。そしてまたそこにも神はいないが、ただ人間を愛している俺がいる」

ケラケラ、けらけら。まるで自分が舞台の脚本を裏で描き、またその舞台の戦士になれるとひたすらに信仰している男がいた。少年は男の台詞の途中で紛れ込ませた確信を、舞台袖で言葉にした。

「臨也さんのそれはまるで宗教です」

哀れみを湛えた少年の瞳が男を見据えていた。

「あなたが神になったつもりですか?」

目の前の脆弱な少年を嘲る赤い眼が笑っていた。

「そんな大層な自己意識を持っているわけじゃないよ、俺は神なんて信じてるわけじゃないしね。ただ愛して見守って、自己顕示させて全てを吐き出させる、そしてそれをもまた愛すサイクルの何がいけないの?」

臨也の笑顔は、子供が悪戯をして、それが悪戯だと理解できず親に何がいけないのと聞く子供のその笑顔だった。この男が理解できない、そしてこの男に理解できないということを、少年は理解した。

「最後に一つだけいいですか」

少年は一度俯き、自分にも気付いていないであろう苦笑いを男に向けた。

「いいよ、なぁに?」
「そうですね、じゃあ、」

男はケラケラと笑っていた。



「神のご加護を」



男の手にナイフが握られていた。

「やめろ」

一変。鋭利に一刀した低い声に、空気さえも冷たく切り裂かれた。深くて深くて濃い暗闇からじわりじわりと怒気がスモークの様に焚かれ出した。

「怒るよ、帝人君」

銀色に光るナイフに映った少年の口元が引き攣った。怖かった。そしてまだあどけない少年だというのに、そんなつまらない人間にナイフを向けている自身が如何に愚かしいかを、男は理解していた。

「神はいない、信じていないといっただろ。その言葉は幾ら帝人君でもひどく不愉快だ」

それでも怒っていた。嫌悪感を全身から溢れさせ、赤い眼が憎しみに揺れていた。

「ご、ごめんなさい」

男は自分自身における自己感情の全て、自身の動機から行動までを一番理解しており、そして自己感応さえも容易に操っていた。臨也という自身自身を常に理解しているのは自分だということさえも、強く理解していた。そしてその恐ろしくも思える事実をさすがに帝人という少年は知っていた。だから本当にこの男が刺そうとしたら、刺すという事を直感で感じた。

「うん、もういいよ。けれどとても不快だ。だから今日は帰るよ」

冷や汗で口を噛む少年に背を向け、男はつかみどころもなく後ろ手をひらひらと振った。歩き出した男の背から尚も嫌悪感が染み出していた。

「そうだ、じゃあ俺も最後に一つ言っておくよ」

ケラケラとあの笑い声で短く笑った後、くるりと男が少年に振り返った。

「シズちゃんだけは、全ての論外だ」

男から、また違う種の嫌悪感がじわりじわりと溢れ出した。少年には、その嫌悪感が切なく、そして最も愛を畏怖しているものだと感じられた。しかしそれが伝わるはずも無く、男はケラケラ、けらけらという耳に残る悲哀な笑い声と共に再度歩き出していた。そんな男の背を見送りながら、少年は一人呟いた。自分はあの男のそれには一切手を触れられないのだと思いながら、少年は一人呟いた。



「臨也さんにとってのメシアは静雄さんですか」






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