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箱ヅメ1




玄関の前に置かれた妙な存在感を放つスーツケースに、静雄はあからさまに嫌な顔をした。

何だコレ、何でスーツケースなんだよ。普通宅配でスーツケースまるまる送られてくるか?スーツケースっていやぁあれだ、旅行とか行く時に持っていくもんだろ?俺は旅行なんてした覚えはねぇし、どこかに旅行した野郎が俺の家に帰省帰りしてくる覚えもねぇ。そもそもスーツケースを送られる覚えがねぇ。

乱雑に扱われたのか所々塗装の剥げた黒色のスーツケースに、何か面倒ごとを持ち込まれたのだと理解する。幽かとも思ったが、あいつが何か送るときは簡潔に連絡を入れてくるものだから、静雄の頭でその可能性は否定された。新羅かセルティかとも考えるが、まず仕事以外でそんな物品を送られたりもしないし、そんな間柄でもない。残る可能性は一人というか、何か厄介事絡みならばただ一人しかいない。現にその一人に対する異常なまでに鋭い直感が、静雄の頭でそう言っているのだ。

臨也か…臨也かァァァ…!くそ、あのノミ蟲しか考えられねぇじゃねぇかこんなあからさまな面倒事はよぉ…!死ね、死ね、あぁぁムカついてきた。

静雄の眉間のしわがくっきりと刻まれる。ぐつぐつと沸き立つ怒りに、力任せに新宿まで放り投げてやろうかとスーツケースを軽々と掴み上げる。しかし通行人に迷惑がかかるかと突然思い直った瞬間、沸騰していた怒りは急に冷め返った。納得はいかなかったが、静雄は溜め息を吐いて渋々と黒いスーツケースを家に引き入れたのであった。
しかし静雄はひとつ見落としていた。怒りに感情を荒げていたせいか、自分の直感が下した判断に勘違いしていたのだ。確かにスーツケースが玄関の前に置かれるなどという異質な事件に臨也が関わっていない筈はないのだが、それを送ってきたのが臨也とは限らないという事を。




どうやって処分してやろうか。
家に引き上げたものの、静雄はこの異質なスーツケースに対して単細胞な頭で必死に思案していた。とりあえずリビング、といっても静雄のアパートは2LDKなので寝室繋がりのリビングにそのスーツケースを置いた。あまり散らかっていない質素なリビングに、そのスーツケースは更に存在感を強くする。因みにゴミ箱にはインスタントラーメンの容器が溢れているとか。
燻る苛立たしさに、静雄は改めてスーツケースをまじまじと見る。そして溜め息。やはり、色々とおかしい。どうやら送られてきたのではないのか、宅配のタグは一切見られないのだ。そして何よりも、そのスーツケースは大きかった。それは家に運び入れた時も嫌というほどに思った。静雄はスーツケースについて詳しくもなく、詳しくなる必要もないのだが、思うにスーツケースの種類で一番大きいサイズだろう。今日は直感が冴え渡るのか、くしくもそれは静雄の言うとおりLLサイズの中でも最大の外寸を誇るものだった。寧ろ特注とも見受けられる、いや、それ以上は考えないでおこう。大きなスーツケースなんてものを特注で作るのは、何処かのセレブか、臨也がいる側の世界の“怖い人達”ぐらいなのだから。

明らかにデカすぎだろう。何の用途に使うんだよこんなスーツケース。軽銃器の密輸にでも使うのか?白い粉か?やべぇな、そんなもん家の前に置かれたら粟楠会と面倒くせぇことになるじゃねぇか。ていうかあのノミ蟲が持ってきたならそんな単純なもんじゃねぇだろ。
…爆弾?爆弾かこれ?爆弾でも入ってるのか?……やばいじゃねぇか。めっちゃ家に引き上げちまったじゃねぇか。このままドカーン!ってなるか?やっぱり。いや、それだと大家さんとかに迷惑かかるだろ、後アレだ、近所の人とかよ。爆発音とかやたらうるさそうだもんな。でもいつ爆発すんだ?タイマーか?タイマー式か?

どこからどう爆弾だと思い込んだのは不明だが、静雄はタイマー式なら時計の音が聞こえるのではととりあえずスーツケースに耳を寄せた。

「何も聞こえねぇ。」

爆発物ではなかったらしい。実際に爆発物だったとして、池袋のこんなアパートで爆発事件が起きてみればそれはもう大問題だ。そんな無駄に目立って取沙汰されるような方法で静雄を殺したりしないだろう、臨也はもっと姑息で卑怯なのだから。そう考えると納得がいった。じゃあ一体何なのだ、とスーツケースから耳を離そうとした瞬間、

「{…ヒュ、ッ}」

微かな、聞き間違いかとも思える僅かな音がスーツケースから聞こえた。その上それは音と現していいのか些か不安に駆られる。くぐもった感じに聞こえたそれは、まるで人が喉から一生懸命に息を吸ったような。静雄の耳に達した微かな音、それはどうしても“声”だった。

……コレ、生き物じゃねぇか。

はぁーっ、と大袈裟なほど肩を落とす静雄。ここまで厄介だとは思ってもみなかったのだが、やはり臨也ならやりかねないと拳をわなわなと握る。生き物を送ってきて自分にどう害を及ぼすのかは些か不明だが、蛇だとか、サソリだとか、獰猛な動物ならば何かしら影響を及ぼされるだろう。寧ろ多大な迷惑を被るわけだが。

生き物とかやべぇだろ、何なんだあのノミ蟲野郎…!蛇とかサソリとか嫌だからな、俺、ああいうの苦手だからな。でも他の何か、動物だったらソレはそれで困るだろう。というか動物とかなら更にやべぇじゃねぇか。可哀想だろ。息とかできんのかコレ?明らか苦しがってなかったか?
……開けるか。

そう思い立ったら静雄の行動は早い。動物が閉じ込められていたら可哀想、という顔に似合わない愛護精神でスーツケースを開こうと取り掛かる。しかしロック式とダイヤル式の鍵が付いている為、静雄に開ける手段は見当たらない。見当たらないはずだった。静雄がロック式の鍵を力任せに破壊するまでは。
左右のロック錠が無残に外され、残るはダイヤル式のみとなった。ダイヤル式の部分で引っかかっているので、相変わらずスーツケースは開口しない。せめてダイヤル式を先に施錠していればロック錠破壊で開いたかもしれないのに、正当な開錠方法の術は絶たれてしまった。苛立つ静雄。

…何で開かねぇんだよ。

明らかに自分のせいであったが一切理解していない静雄。
途端、苛立ちと共にある種の嫌な予感、不安が静雄を襲ってきた。胸がざわざわし、直感が目の前のスーツケースの中身に覚悟しろと警報を発す。その警報にならい、静雄は意を決した。開ける。何が入っていようとも、開ける。そう思い、指先の筋肉が強靭に硬くなるのを感じながら、ぎちぎちとダイヤル式の錠が悲鳴を上げるのを聞きながら、力任せに、一気にスーツケースの片側を開いた。

ばきゅこん

そんな感じの擬音と共に露になった中身に、青筋を浮き立たせるどころか、静雄は絶句するしかなかった。そして固まった体に対し、脳内がフル稼働する。

いやいやいやいや、いやいや…、いやいやいやいや、はは……夢か。夢だろうなぁ。そんなまさかなぁ、いやいや、そりゃ大きく言えばコレも動物には認定されるだろうがよぉ…。いやだってそんな、いやいやいやいや……。

「{ヒュッ、フぅ…!}」

スーツケースの中身が発したそんな音もとい声に、静雄の体は大袈裟なほどビクゥ!と硬直した。そしてそのまま沈黙が数分支配した後、静雄は歯軋りしながら頭を抱える。

どうすんだよ、コレ、おいおい、いやいやいや、なんでっていうか…なんで?

露になったスーツケースの中身、それは、

「{ヒュッ…ん゛っ…}」

臨也だった。
どこからどこまでも臨也だった。蛇とサソリと比べても、それはまさしく臨也でしかなかった。ただ絶句するほどの違和感を感じたのは、言葉を吐いて人を掻き回すその口が、人を嘲け見下すその眼が、塞がれていたという事。
スーツケースに入れられていた臨也は、眼を黒い布で塞がれ、口をボールギャグ、いわゆる猿轡で塞がれていた。その上手足も拘束され、完全に自由を奪われている状態で。猿轡を噛ませられている口元から、荒げた呼吸と涎が漏れていた。それが先程の音の原因だったと一目に理解することが出来た。耳は塞がれておらず、視覚を奪われているせいで聴覚は過敏になっているらしい。その証拠に、スーツケースという閉所が開けられた音と光に反応し、それが誰かに開けられたという事実に臨也は震えている。
静雄は言葉を発することが出来なかった。問い詰めようとも臨也の口は涎で艶かしく光る猿轡によって塞がれている。むしゃくしゃして殴ろうとも手足の自由を奪われ、一捻りで殺せそうなこんな臨也に手を出す気力も湧かない。何より、静雄が躊躇っている最大の理由、それは、

こいつ……怯えてる。

そのらしかぬ天敵の姿に、静雄は静かに、それはそれは静かに、まるで目の前の中身が見てはならない儚い花で、散り際を包み込むような優しい雰囲気で、まるで目の前の動物がひよこか子猫のようなもので、驚かせてはならないだろうという和やかな手付きで、そっと、


壊れたスーツケースを閉じた。







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