消えない虹の向こう側へ
会議前の一時 〜過去とおまじない〜
大広間。
大広間には、この合宿に参加する、テニス部の面々が姿を見せていた。
勿論、景吾率いる氷帝、国光率いる青学のテニス部のメンバー達も其々の席に座り、雑談に更けていた。
笑い合う姿が、疎ましい。
次第に苛立ちが募る。



ーーーーー……あの時の事を思い出す。



両親が事故で亡くなり、ボクと兄上達が残された。
一番目の兄上は、既にモデルとして、ファッション界に入っていたし、二番目、三番目の兄上は芸能界に入ってから、お葬式の準備には、モデル事務所や芸能事務所の人、近所の人達が手伝ってくれていた。
通夜、告別式と、滞りなく全てが終わった。けれど、両親が亡くなったと云うのに、愉しそうに話をしている。
笑い合う声が、まるで、両親が亡くなった事を喜んでいるかのように、思えた。

『奏荼ちゃんに莫大な遺産を遺したんだって?』
『じゃあ、あの娘の後見人は誰がなるの?』
『海音くん達はまだ未成年だし……』
『この中の誰かが後見人………』

欲望が充ちた眼差しが、奏荼を捉える。
自然と身体が震える。
お金なんて要らない。
お金が欲しいなら、全部あげるから、お父さん、お母さんを返して。
そう云いたいのに、声が出ない。

『可哀想に……。奏荼ちゃん、おばさんがずっと側に居てあげるからね』
『何抜け駆けしてるのよ!奏荼ちゃん。おばさんやおじさんがが居てあげるわ。なんだったら、おばさんの事、ママって呼んで良いのよ?』

欲望の仮面を被った人が、話しかけてくる。
本心をひた隠し、欲望の仮面を被って、ボクから全てを奪い、自分達の好きにしたいだけ。



ーーーー……この人達に近付いてはいけない。



子供心にそう思った。

「奏荼?」
「………」
「奏荼!」
「え、あ……ハチミツくん?」

過去の記憶を辿り過ぎたようだ。
ハチミツくんが心配そうに、表情を覗き込んでくる。

「奏荼。平気か?顔色が悪いが……」
「……ハチミツくん……ちょっと、こっち来て」

ガタリ、と、席を立つと、奏荼は大広間を後にする。
それを追うように、国光も大広間を後にする。
その姿を視線で追うのは、崇弘と景吾。

「樺地」
「ウス」

崇弘は、気配を消し、国光の後を追った。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ごめんね。こんなトコで」
「構わない」

大広間に続く廊下の角。
奏荼は、国光の背中に耳を当てていた。
抱きつかれている訳じゃない。
しがみつかれている訳じゃない。
ただ、耳を当てているだけ。
触れる箇所が仄かに熱い。
そして、微かに震えているのが、判る。
きっと、"泣きたい"のだろう。

「何かを思い出したのか?」
「………告別式の後の事」
「!!」

幼かった奏荼にとっては、トラウマになりかねない出来事。

『奏荼の後見人は、祖父であるこのワシだ!まだ幼い奏荼を、欲に塗れた眼差しで見るんじゃない!』

勝手極まりない周囲に、耐えきれなかった祖父。
その恫喝で、その場は静まり返り、泣きそうに歪む奏荼を連れて、祖父は家に戻って行った。
その帰り道、祖父は奏荼を背負いながら、

『国光。奏荼を守ってやれ』
『???』
『まだ、国光も幼いから、良く判らないだろうが、この子には、これから様々な事が待ち構えている。辛い時や悲しい時は、手を差し伸べて、奏荼の心の拠り所になってやりなさい』

祖父は、俺の頭を撫でながら、優しく笑った。

「奏荼」
「………何だい?」
「幼い時から、お前は俺や祖父にこれを強請るが…?」
「おまじないだよ。お祖父さんから教わったんだよ。"不安"と感じたら、ハチミツくんかお祖父さんの背中に耳を当てて、"心の音"を聴けって。そうしたら、不安は消えるからってね」
「そうか………」

時折、奏荼は国光の家にやって来ては、祖父の背中に耳を当てていた。
部活を始めてからは、その姿を見る事はなかったが。

「この音、好きだよ」
「そうか……」

暫くの間、沈黙が降り注ぐ。
まるで、二人の回りだけ、時間が止まったかのようだ。

「ーーー……ありがと。もう良いよ」
「奏荼」
「君は戻らないとね」
「お前もだ」
「遠慮しておくよ。大体、ボクは部外者だ。君達の会議に参加しても、意味をなさない」

ひらひら、と、手を振り、歩き出す。

「エントランスに居ろ。会議が終われば、迎えに行く」
「過保護だね。好きにしなさい」

それだけを云い残し、奏荼は去って行く。
その時の表情が、哀しみに歪んでいた事を国光が知る由もなかった。






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あきゅろす。
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