そして君はサヨナラと言った .錆びた歯車A とうとう就任式当日を迎えて、朝から忙しく音を立てている屋敷。 そんな中、まだ夢の中の綱吉はベッドに潜ってしまって髪の毛さえ見えない。 静かとも言えない部屋に、控えめのノックが響く。 しかし、起きる様子もなければ返事すらしない。 しばらくたってから、静かにドアがひらいて中に入っていく人影。 「綱吉君…まだ寝ているのですか?」 「返事しないから寝てるんでしょ、バカ?バカなの君」 「バカとは失礼ですね…」 「朝からうるさいよ……りぼーん……」 「「!」」 目を擦りながら体を起こす綱吉。 飛んでもない言葉が聞こえたせいもあるのだろうか、2人は固まったままベッドに視線を送る。 確かにその口からリボーン、といった。 「んー…おはよう、六道君、雲雀さん」 「綱吉君、いま、なんて…?」 「おはよう?」 「その前だよ」 「……?」 首を傾げて悩んでいる。 無意識だったというのだろうか。 考えているうちに船こき始めてしまった綱吉はだんだんと前かがみになって行き、ふらふらと横に倒れかねない。 骸はベッドに近づいて、ゆっくりと綱吉の頭を枕まで持っていくと優しく撫でた。 「今日行くのでしょう?そろそろ起きる準備してくださいね」 「なんじ?」 「とうにお昼だよ、綱吉」 「……嘘はいけませんよ、恭弥君。まだ10時です、休日はこれくらいでしょう」 「バカ言わないでよ、そんなの生活の乱れだよ」 またバカって言いましたね! なんていう骸を無視して、綱吉の頭に掌をそっとのせる。 起きてよ、綱吉。 そう言って頬を撫ぜる雲雀に、うっすらと目を開ける。 小さく頷いて、目を擦りながらベッドから起き上がり、足を床に下ろした。 「……精市君は?」 「彼なら準備してますよ」 「パーティは昼すぎからだったね。服も準備し終わったよ」 「……」 「こわい?やめる?」 「貴方の一言ですべてが決まりますよ」 「2人は、俺を行かせたくないんだね」 ひたひた、素足のまま設置された鏡の前に立つと自分を見据えた。 これから女の格好をするのだ、気合を入れているのかもしれない。 鏡の中に映る2人を見れば、それと目があった。 「もちろんだよ、群れの中に行くのは好きじゃないからね」 「……」 「六道君、は?」 「貴方がつらい思いをしそうな気がしたので…」 そっぽ向く骸に綱吉は視線を自分に移すと小さくため息を零した。 「きっと、大丈夫だよ」 ――きっと、大丈夫!―― 「精市君たちも、いるから」 ――皆がいるから、ね?―― 「じゃあ……、もう、着替える…」 プチプチ、ボタンを取り出した綱吉は静かに着替えを始めた。 骸が着る衣装をドレッサーから出して近くのフックにかけると、棚に変装グッズを取りそろえる。 幻覚でも構わなかった。 しかし、骸並に幻術を使いこなすマフィアだっているのは事実だ。 「僕は外に居るよ。終わったら声かけてよね」 「わかりました。僕は綱吉君のそばにいますので…」 ふと、綱吉が骸を見る。 どうして、なんて言いたそうな顔をしている、わけではない。 雰囲気的な話だ。 「変装、お手伝いしますよ」 「……うん」 ぱさり、上を脱ぐと華奢な背中が骸の目に入ってくる。 男の後ろ姿を見たことがないわけではない。 これと言って気にしたことすら、ない。 だが、これは別だろう。 成長を感じさせない後ろ姿。 小さく見えるその背中は虚しさを感じさせた。 「…背中のチャック、閉めますね」 躊躇いがちに頷く綱吉を見てから、ゆっくりとその背中に近づいて気付く。 痛々しい、傷痕。 チャックを上げる手が止まり、悲しそうに眉を下げた。 これが、綱吉の痛み。 未だに治らずに背中が悲鳴すら上げている。 「……六道君?」 「あ、…すみません」 急かされるような言葉に、骸は蓋をするようにその背をチャックで隠した。 ウィグを取り出して丁寧にセットすると、骸が櫛で優しく整える。 ゆるいウェーブが梳かされて、そのまま結い上げられた。 結び目を隠すように飾られた白い花。 ゆっくりと閉じた目。 深呼吸してから開かれた瞳には、迷いは消えていた。 「さあ、行こう…」 「はい、…仰せのままに。」 NEXT... 120219 |