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そして君はサヨナラと言った
同一人物の別人





ゆっくりと目を開いた綱吉は一面にある黒に身を委縮させた。
薄く開いていた瞳は丸く開かれて身震いまでしてしまう。
身をよじらせようにも体は金縛りのように動けなく、恐る恐る視線だけを上げれば、端正な顔が近くにあった。


「六道、くん…」


小さくその名を呼んでみる。
逃げたくなるものの、この男の腕に包まれているとわかった瞬間、どこか安堵しているのに気付いて戸惑った。
彼は言っていた。
思うとおりにやってみるといい。
綱吉は震える唇でたどたどしく名前を口ずさんだ。

「…、む、くろ…」


記憶の中の自分が呼んでいた名前を口ずさんだ。
懐かしい。
そんな気すら感じて、起こさないようにソロリ、手を動かしてみるが、何かと擦れた瞬間に激痛が走ってそれをあきらめた。
指がジンジンと痛んで、生理的な涙が浮かんだ。
手に包帯が巻かれていて、指先が痛むのはきっと怪我したからだろう、考えさせられて。


「っ、…むく、ろ……むくろ」


縋るような声色で小さい声で数回呼んでみる。


「ごめんなさい…」

「なぜ、貴方が謝るんですか…綱吉君」
「!い、いつから…」
「ずっと、起きてましたよ。大丈夫ですか?寒くありませんか?」


髪を撫でるように梳き、優しく抱きしめた。
壊れ物を扱うように…

池に落ちたのだと説明を受けて、視線を落とした。
あの場所は自分だけの場所のはず。
それはもうなくなってしまったのか、と。

助けてもらった感謝よりも、それが一番に浮かんだ。
自分の部屋とはいえ、誰かが入ってくる。
閉じこもっても、近くに気配があればそれは自分だけの場所ではないから、あの場所があったのに。


「僕を覚えているんですか?それとも、見せられて僕を知った綱吉君ですか」
「……わからない」
「そうですか…」
「でも…、俺は六道君を名前で呼ぶのはちょっと…」


永遠に彼は戻ってこないまま、この生涯を送るのだろう。
記憶として見た前の綱吉…消えてしまった、失ってしまった…共に歩んだ綱吉を。
骸は起き上がりベッドに座ると、隣で横になっている綱吉の手をつかんで優しく起き上がらせるとそのまま包み込んだ。

「俺の中に…もう一人、俺が…いて。その俺はとてもつらくて…」
「綱吉君…」
「やめて!…俺は、六道君の知ってる俺じゃない。ずっと…ずっとみんな優しかった…でも、それって…俺じゃない、“俺”のためだよね」


否定すら、できなかった。
確かに骸が綱吉に優しいのは今の綱吉だからではない。
過去の綱吉に執着し、彼のために動いている

現にこうしてここにいるのも、ボンゴレの綱吉のためと言っても過言ではない。
もし、もし綱吉ではない別のヒトだったら、ここまで必死になっていないだろう。

「突然…どうしたのですか」

「夢の中で、六道君たちが出てきたんだ。そこの六道君、俺を呼ぶとき…なんだか、俺じゃない俺に話しかけてるよね。
もう…やめて、優しくしないで。俺は…六道君の知っている綱吉じゃないよ」


もう探さないでほしいと言った彼と重なった。


「僕は貴方につらい思いをさせてしまいましたね…」
「あのね…夢に出てきた六道君、ヒバリさん、っていう人と喧嘩してた。俺もその場にいて、怖いのに笑ってて。2人ともどこか穏やかで」
「綱吉君…」
「すごく懐かしい気がして…でも、俺は知らなくて、わからなくて…どうして、六道君はこんなにやさしいのかなって…お、思って…っ」
「それで、たどり着いたのが…それだったのですね」


「知らないんでしょ。なら、無理に縛られることないよ」


骸でも綱吉でもない声に、2人の会話は止まった。
ドアに寄りかかって立っている男は腕を組んで2人を見ているが、逆光によって顔は見れない。
しかし、声を聴けばわかるだろう。


「早いご到着ですね、恭弥君」


鍵、かけていたはずなのですが。
そう苦笑してしまう。
ゆっくりと歩き出し、綱吉の前まで来ると目線を合わせるようにしゃがんで、綱吉の両手を手に取る。
震えて無意識に手を引っ込めようとするが、しっかりと握りしめて。


「…これからのことを考えればいい。昔のことなんて思い出して何になるのさ」
「きょ…っ!」
「黙ってて。   ねえ、覚えてないなら、知らないなら無理に考えなくていいよ、綱吉」


そっと恭弥を見る綱吉は、それこそ怯えた目で見ていた。
痛々しい記憶に出てきた男に類似している。
そして、優しい声で呼んでいた名前も響きも一緒。
心地よさを感じたのは、嘘ではない。



「僕は…雲雀恭弥。君に逢うのは初めてだね、綱吉」


――綱吉…


「(同じ…)雲雀さん……」
「うん。もっと呼んで」
「雲雀、さん。雲雀さん」
「そう、いい子。勝手に離れて行かないでね」


輪郭を撫でるように掌を滑らせると、すり寄ってくる綱吉。
目に涙を浮かべながら、何度も何度も恭弥の名前を呼び続けた。


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あきゅろす。
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