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そして君はサヨナラと言った
雨は涙とも言えずにB




ひとり、案内された部屋のベッドに腰掛ける骸。
確かに疲れはあるのだが、先ほどの綱吉の表情が頭から離れなかった。
皺ができるほど握りしめた服を撫で、数分前まで一緒だった綱吉。
攫った身とはいえ、一度も自分の名前を呼んでくれなかったことに絶望を感じる。

夜中、骸の首を絞めた夜、一度だけ名を呼んでいた…「六道さん」と。
ちがう。呼んでほしいのは、そっちではなかった。
握りしめた手を思い返しながら自分の手を見つめ、小さな手だったことを思い出す。

不意にエントランスから聞こえてきた、打ち付けるような雨の音に骸は重々しい腰を持ち上げて窓に近寄る。
カーテンがかかっていたとはいえ、白いレース柄をしたカーテンを退けると、屋敷に来る時とは違ってどんよりとした雲が空を覆っていた。
考え事に耽っていたせいかもしれない。空が暗くなったことすら気づいていないとは思わなかった。

風向きが変わったのか、窓に降りかかってくる雨はひどく、先に見えるはずの木々がかすんで見える。


「泣いてるんですか…?綱吉君…」


大きな涙をこぼして、刻みつけられた傷を癒すことすらわからずに閉じこもっている。


「………、いつまでそこに立っている気ですか」


カーテンを持っていた手を離さず、外を眺めながらドア越しにいる人物に声をかけた。
静かに開いた扉はゆっくりと開かれて電気の付けられた廊下から光が漏れて部屋に入ってくる。
骸は反射して映る窓の鏡で、その人物を見てため息を零した。

一歩たりとも動かずに足をそろえて突っ立っている女性に笑みすら零れる。
するりと流れるような仕草でカーテンから手を離して表情を隠す。
振り向こうとした刹那、後ろから抱きしめられてしまい顔を見ることすら叶わない。
前に回された腕を撫でるように手を重ねた。

「元気、ないね」
「……任務はどうしたんですか?」
「終わったよ」
「そうですか…どうしてここに?」
「連絡があった…。骸が、元気ないって」


誰が連絡したのか粗方予想はつく。
小さなため息を零して手を握った。自分の体から離して振り向くと、いつも淡々とした表情で見ている漆黒の瞳が骸を映した。


「わざわざ僕に会いに来てくれたんですね、朔弥。こんなに濡れてまで…」


雨に濡れた髪の毛はしっとりと濡れてしまっており、傘も差さずに来てくれたのが証拠だ。
メイクをしていなくても整った顔立ち。朔弥もプロだ、仕事帰りにでもメイクを落として色直しをしたのだろうが…


「お風呂入りますか?」
「借りる」


部屋に備え付けられている浴室に足を向けて歩き出した朔弥は、肌にへばり付く髪を鬱陶しそうに払っていく。
虚しく閉まる扉の音を聞いて、ようやく足も動きだしたところで、着替えの準備をしてやることにした。

どう見ても手ぶらでこの部屋に来たしか思えない。
車で来ただろうが、部下がこの屋敷のどこにいるのかさえ分からず、仕方なく朔弥が入っていった浴室の扉をノックしてから入る。
熱気が伝わってくる中、壁に背を向けて浴室に声をかけた。


「今日の付添人は?」


返ってくる言葉がない。
聞こえないわけがない、返事がないということは骸が知らなくていい人物…あるいは1人の場合に限る。
だが、任務帰りということは後者であるはずはなく。


「僕の服、適当に準備しておきます。ベッドの上に置きますので後で着て下さいね」


その返事もくることはなく、骸は静かにその場を去って行った。
扉を閉めて凭れ掛かる。水の音にかき消されていたが、何かを言っていた気がした。


重すぎたボンゴレの名に逃げたなんていうバカも居た。弱すぎた幼い無知な子供、ボンゴレの名が汚れると罵る輩の声も少なくなかった。
獄寺はダイナマイトを構える回数も、山本もよく悪い笑みを浮かべていた回数も多く。
それでも綱吉2人を笑って止めていたことも少なくない。

綱吉を守るように前に立ちふさがる、2人の男。
それが、別のように映った。

骸が覗いてしまった、綱吉の奥底の闇。
泣き叫ぶ劈くような声は骸の脳裏から離れない。


『嫌だ…、助けて…っ、んぁあ、ひ、ああぁああああああ!!!』


手を伸ばした先がどんなに暗闇とわかっていても必死に手を伸ばしていた。



「過去とわかっていても…つらいものですね」



何度も自分の名前を呼んでいたにも関わらず、呑気に過ごしていたことを悔いてしまう。
今はいい夢、見れているのだろうか。
昔のことなど忘れて今を楽しむ綱吉を、自分たちの勝手な都合でつぶしてしまおうとした。
それが、とてつもなく骸の心を痛めた。



「悔いているだけなら、うざいだけ。」
「朔弥…?出たのですか」
「…ボスに呼ばれたから帰る」


骸から服を奪ってまた浴室に入って行ってしまった。

少し大きな服に袖を通してネクタイを締める。
髪の毛を纏め上げてカツラを被り、手櫛で整えると浴室から出てきて、骸から眼鏡を受け取ってかける。
度のはいっていない眼鏡を通してみる骸は、ほう、と息を零した。
まるで別人の男性に見える。


「何見てんだよ…」


低い声が骸の耳に届いた。
先ほどの軽い女性の声はなく、まったくの別人がそこに立っていた。


「気色悪いんだよね…。じゃあ、俺は行く」




窓から飛び降りて、姿を消した。





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