そして君はサヨナラと言った
不安定要素
こつ、こつ、
足音を立てて近付く気配が2つ。
少なからず、雲雀恭弥と六道骸の件があってから空気は張り詰めたままだ。
ベッドで眠る財前と治療する小春。
隣では横たわっている柳の治療を、丸井が必死に行っている。
真田は目を配らせて柳生に体制をとらせる。
同時に一氏も体制をとっておく。
ここは安全だが、100%というわけではない。
その中、幸村は平然とした顔でドアに向けると、僅かに目を細めた。
「大丈夫、危険な人ではないよ」
「せやな。へんな胸騒ぎもしない。構えをとき?ユウジ」
「柳生もね」
2人は無言で構えをとくと、ドアの前でノックが2、3回叩かれる。
静まりかえる部屋によく響いていたが、幸村は率先してドアを開けることを許可した。
「開いているよ」
幸村の声に反応して、ドアノブがゆっくりとまわされて開く。
そこに居たのは、綺麗なドレスをまとった女性だった。
「あ、ああああ!」
「煩い…」
忍足謙也は思わず声を上げた。
そこに立っていたのは、パーティー会場で自分と話をしていた女性だ。
容姿も声も、全て同じ。
しかし、自分に向けられた態度だけが全く異なるものだった。
『忍足様』
『優しい忍足様』
脳裏に浮かぶ上品な振る舞いをしていた彼女が、目の前に居る。
会場で着ていたドレスとはまた別物。
薄い桃色の生地がシンプルに、かつ高値を張りそうな代物。右胸の少し上あたりに掌サイズの花が咲いている、ごくどこにもありそうなもの。
裾がひざにかぶさるくらいの長さのそれに、朱色のヒールがよく目立つ。
束ねられた黒髪に白い一輪の花が咲き誇っている。彼女はゆっくりと財前の元へ足を運ぶとベッドの端に腰をおろして頬に手を添える。
此処は安全なはず。辺りを見回しても綱吉の姿は見られず、彼女は眉間にしわを寄せた。
ベッドに横たわる2人の姿、ピリピリと感じる殺気に再び視線を財前へと戻してゆっくりと口を開いた
「光……?」
すると、少しだけ瞼が震えて、うっすらと開かれた瞳。
彷徨う視線は次第に彼女の方に向けられ、悲しげに眉を下げると小さな声で、ごめん、と謝った。
「ごめ…、すんませ…っ」
「何が、あったの」
「綱吉…雲雀さんに…」
「兄さん?」
「あれは恭弥の姿をした骸じゃ。」
「……骸?」
「さんぼ・財前を負傷。その後綱吉を連れて去って行ったんじゃ。…恭弥と一緒にな」
「………そう」
「今、綱吉は不安定なんすわ、何が起こるか…わからへんねん。せやかて、俺らは綱吉がどこに行ったんかも…」
不安定。その言葉を彼女は反芻した。
綱吉はあの事件以降、不安定な状態が続いていた。
しかし、財前の言う不安定はまた、別の意味に捉えられた。
「どういうこと?」
「今の綱吉君…記憶が錯乱しているみたいなんだ。もしかしたら、昔のこと思い出しかけているのかもしれない」
「幸村、今の、どういう…」
「ねえ、朔弥ちゃん。綱吉君にはね、綱吉君を守ろうとする別の綱吉君がいるみたいなんだ…それも、過去を知る……」
「……」
彼女、雲雀朔弥は混乱した。
別の綱吉なんて、まるで2重人格みたいな発言、誰が信じるか。
しかしこのメンバーが綱吉に対して嘘をつかないことは承知している。
「綱吉は本人は?」
「知らないみたいだったよ。」
「…わかった。光は休んでなよ。私は骸を追う」
腰を持ち上げて去ろうと足を踏み出した瞬間、くん、と服を引っ張られる感覚に思わず足を止めて振り向いた。
弱々しく握られている手の先を見れば、苦い顔をしている財前があって思わず撫でた。
安心させるかのように、優しく。
ゆるりと離れた手を合図に朔弥は部屋を出て行く。
すぐ目の前で待機していた部下から着替えを受け取り、内容を手短に話しながら車が置いてある車庫へと急いだ。
「あんたは帰りな。」
「は、わかりました。お戻りは…?」
「明後日までには戻る」
「畏まりました」
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