そして君はサヨナラと言った
静かな足音A
「触らないでくれるかい」
拒絶の声。
触れる直前、骸は手を止めて声のする方を向く。そこには幸村が真剣な目つきで骸に告げていた。
今は寝ているから良い。もし、これで目が覚めてしまったら?
骸を拒絶してしまうに違いない。それで傷つくのは誰だろうか。
骸。それもそうだろう、拒絶されてしまうのだから。
それ以上に綱吉が傷つくことがなにより心配。
混乱を招きかねない。
「……何故です?」
「怯えるからさ。一度会ったんだろう?そのとき綱吉は君にどう反応した?君に笑っていたかい?君が知っている“綱吉”はそこにいたのかい?」
「………」
思い返せばよぎる、綱吉の拒絶の言葉。
明らか、自分に対するものだった。
「綱吉はね、あの事件があってから人に対する警戒心が強くなってしまったんだよ。触れられるのも、拒絶されるのも、全て、全て……。
今の君に綱吉を救うことなんてできないんじゃないかな。」
冷たい眼差しが送られる。
誰一人として口を開くことのない空間に、幸村の声が嫌に響き渡った。
「君に綱吉を任せることも、渡すこともできない」
暗やみに、立たされている綱吉は小さく息を零した。
(また、暗い…)
《お前が悩むことは何ひとつない。苦しい思いを、させない》
「!…ねえ、どうして俺に此処までしてくれるの?どうして…どうして?」
《背負うことはない》
綱吉は何も掴めない。
どこを見ればいいのかえわからずに手を伸ばす。
わからないことだらけのモノに縋り、助けられる。
それが不安で不安で仕方がないのだ。
《手の内にあるそれも…お前の自由だ》
「!…あ……」
手を開いてみれば、怖い人――ザンザス――から渡された大きな指輪。
見覚えなんてない。ずうっと持っていることもない。
それなのに、手放しちゃいけない気がしてならないのだ。
《捨てるのも、持っているのも自由だ》
「これ…なんなの?」
《お前にとっては、ただの指輪だ、気にすることはない》
砕いても、良いんだぞ。
そう言った。
でも綱吉はゆるりと首を振って握りしめる。
「銀色の髪の人が言ってた…認めるのは、俺一人…って。意味が、わからなくて、ずっと考えてた。」
《わかったのか?》
「ううん。でも……」
《でも?》
「知らない人が、俺を見て来て俺の名前を呼ぶんだ。でも俺は本当に知らなくて、わからなくて…自分が誰なのか…知りたい」
《……》
「目が、青と赤の人が…すごく懐かしく感じて。初めて会うのに…。同時に気持ち悪くなるんだ。よく、わからないんだよ…」
《お前は、どうしたいんだ?》
「…っ、 」
「……ん、」
静寂が続いていた部屋に、聞こえてきた綱吉の声で全員の視線がそちらへ集中する。
目が覚めたのだろう。幸村は口を閉じて綱吉に視線をむけた。
ゆっくりと開かれた瞼に骸が名前を呼んだ。
「綱吉、君…」
すう、と細められた目に、幸村は目を丸くした。
何かを言おうとした唇は開かれたまま何も言わない。
綱吉に延ばされた手が綱吉の視界に入り、骸を見て口を開く。
「触るな、裏切り者」
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