1 いつか罪に呑まれても いつからだっただろう、貴方を女性として認識するようになったのは。 ど平日の真っ昼間、自分の部屋からリビングに行くと彼氏と同棲するからと実家を出たはずの姉がリビングのソファーを占領してだらけていた。 「あら、帰っとったん」 「里帰りだよー、結婚前にね」 俺はふーん、なんて適当に返事をして、すっかり関西弁も抜けて標準語を話し、都会に染まってしまった姉貴を横目で見る。 姉貴はソファーに寝転んで肘置きからはみ出した頭を反らせて逆さまに俺のことをだらしなく見ていた。 嫁入り前の女だというのにTシャツに短パンのだる着で化粧もせずに昼真っからダラダラとする情けない姿にため息がでそうになった。 結婚式前で忙しいはずなのに、どうせ里帰りと言う名の息抜きだろう。まったくこの人は…。 「侑士、仕事は?こんな昼間に家にいて」 「休みや、不定休やねんウチは」 俺は冷蔵庫からお茶を出してきてコップに注ぎ、三人がけソファーを一人で占領する姉を横目にエル字になった2人がけソファーに腰を下ろした。 姉にはもう付き合って三年になる婚約まで済ませた彼氏がいる。姉のその彼氏は外資系でそこそこ稼いでるちょーエリートらしい。 俺は仕事で居合わせなかったが、結婚の挨拶で実家に連れて来てたことがあるらしく、優しくてできた人だと顔合わせを済ませた両親が絶賛していたのを聞いた。 そんな姉も二十代後半で、来週には結婚式が迫っている。 もうとうとう結婚だ、この人も。 「休みなら彼女と遊びにでも行きなよぉ〜」 「…とっくーに別れとるっちゅーねん…彼女とは」 「え!?なんで別れちゃったの!?」 「はぁ?そんなん…」 なんで言わなあかんねん、という言葉を言いかけて飲み込んだ。 これから結婚して幸せになるやつに別れた話をするわけではないが、無下に突き放すのも違うのかと思って、驚いた顔をして体を起こし、食い気味にこちらを見る姉を横目に俺はそれより…と話を変える作戦を試みる。 「なんや欲しいもんとかないん?」 「えー、欲しいもの?」 「結婚祝いさせてーや、遠慮せんで、なんでもええで」 「…うーん、ありがとう、どうしようかなぁ」 俺も社会人でそこそこ稼いどる身。 結婚したお祝いに一般的な値段の物なら買い与えられる自信があったので何気なく聞いてみた。 「そんな急に言われても…」 「急でもないやろ、祝い品なんて」 「そうだけどさー」 「酒か?」 「酒なぁー…」 うーん、と頭を悩ませる姉になんでもええで、ともう一度口を挟むとチラッと俺を見てすぐに考えるそぶりをとる。 「家族水入らずの旅行とか…?」 「あほ、オトンもオカンも仕事あるやろ」 「一泊二日くらいなら私たち二人でもよくない?侑士は傷心旅行ってことで」 「…そない急に旅行って言われても…」 「嫁に行っちゃうねーちゃんが今のうちに侑士の愚痴いっぱい聞いてあげる」 「愚痴っちゅーてもなぁ…」 「なんでもいいって言ったから。エステも行きたいし、全然近場でいーからさ」 「…はいはい、旅館調べたるか」 俺のその言葉にやったー!と喜ぶ姉にとうとう我慢していた溜め息が出てしまった。 これと決めたら頑固な姉にもう何を言っても通じないと思い、ポケットから携帯を取り出して当日予約の出来る近場の温泉旅館をグルグルと検索する。 特に旅行シーズンって訳でもなく、意外と当日でもそこそこの空きがあったのでなんとなく雰囲気良さそうなところに予約のメールを送ってみた。 なんで姉貴ともう、とうの昔に別れた古傷を癒しに行かなあかんねん。 てか倫理的にいいん?結婚前の女が弟とは言え男と二人で旅行ってありなん。 どないなってんねん、うちの姉貴の脳内は。 一日分の荷物まとめてこよーっと、とご機嫌で部屋に戻っていく姉を横目に俺は頭を抱えたい気持ちになった。 貴方は知らんでしょう。 俺が貴方を、女性として意識してもうてるということを。 熱く燃えるような好意に心を閉ざしてバレないように、姉貴だと割り切って来た俺の心なんて。 貴方は気づきもせんかったでしょう。 「しゃーない…」 俺は先ほど注いできたばかりの少ししか口を付けていないお茶を一気飲みし、ドキドキと激しく波打つ胸を落ち付けようと大きく深呼吸して部屋に荷物をまとめに行った。 罪に呑まれても、この想い伝えておくべきやったか…な。 何を思ったって、もう後の祭りや。 |