2 ふと、ユウに鍛錬を頼んだあの日から既に一週間が経ったことに気が付いて鍛錬の手を止めた。 最近の俺の一日は鍛練から始まり、科学班の手伝いや部屋で考え事などをして鍛錬で終わる。 今日は気分を変えようと修業場ではなく森で体を動かしていた。 だが、生まれてこの方、真剣を持ったこともない俺は戦場ではただの足手まとい。 だからこそ、ユウに修行を見てもらいたいと頼んだ夕方から鍛練を始めた。 「あの時は大変だったな…」 ふう、とため息を吐いて何処か遠いまだ薄暗い空を仰ぐ。 ユウに修業を頼んだまではよかった。が、ユウは実力を見ると言った瞬間何も言わず俺に切りかかってきたのだ。 流石の俺でもアレは驚いた。 咄嗟に自分のイノセンスを構えて受け止めたが一歩間違えば危ないだろう。 なんたって刀。 なんたって真剣。 寧ろ、よく斬れる刃物。 受け止めた瞬間、やるじゃねぇか、と愉しげに口の端を上げたユウに背筋がゾッとした。 あれは本気だった。 絶対に手抜きではなかった。 確かにお互いの武器が同じ刀ではあるし、力を見るなら実際に戦ったほうが解りやすい。 それはわかっていた。 だが、やはり何も言わずいきなりはどんなの奴でも驚くだろう。 「嫌、相手はユウだし。あり得るか…」 それでも納得出来ないのは、ユウに少しでも常識というのを考えてほしいと思ったからか。 何にせよ、ユウには常識が通用しないと感じた一日だった。 「…ふぅ」 キィン――… 刀の発動を止めて元に戻ったまだ綺麗な銀色の刃を見つめる。 俺はイノセンスを発動すると瞳の色がオッドアイ(右が緋色で左が碧色)になのだ。 あのユウが目を見開いて驚いてたのは貴重な体験だった。 刃も普段は銀色だが、発動すると右の刀の刃の部分が炎のような紅で左が氷のような蒼になる。 両方半透明である意味ガラス細工に見えなくもない。 勿論、刀を収める黒で統一された二本の鞘も作って貰った。 イノセンスの不思議はよく解らないが、使い方は発動と同時に頭に流れ込んで来た。 身体能力が急激に上がったのは多分、異世界に来たことが関係しているのだろう。 「俺は奴にここへ連れて来られた…」 今は戦争の真っ只中。 ノアの思惑、伯爵の考えによりそれは世界を巻き込み、終わらない戦争へと発展していく。 俺がいた世界は犯罪が多かった反面、アクマなんて存在しない。 童話や神話にしか悪魔は存在しなかった。 況してや戦うことはない。 あるのは醜い戦争。 人は人同士で争い兵器や武器、時には政治を使って殺し合う。 俺の住んでいたところに戦争はなかったが、間近な近くの国では起こっていた。 戦争は自分の正義を信じた結果。 人の醜い部分が姿を表した結果。 だからこそ、戦争は自分の大切なものたちをいとも簡単に奪い取っていく。 親。 家族。 恋人。 友達。 仲間。 巻き込まれてしまった者達は大切な者、自分が信じた願いを護るために戦うか、逃げ惑う。 引き起こす者は総てが自分たちの利益のために、自分たちの邪魔になる者を亡くすために。 だが、俺の居た日本は戦争がなくとも人を平気で傷つける術<スベ>があった。 言葉。 言葉はその人が言葉を発した時点で言霊<コトダマ>となって力を宿<ヤド>す。 強い強いその力は時にその人自身の身をも滅ぼしてしまうことだってあるのだ。 「甘えるな。迷うな、進め。」 ここに存在しているなら甘えは許されない、だから敢えて俺は口に出した。 これから俺は数ある選択肢の中でアクマだけではなく、ノアを斬るかもしれない。 人は敵か、教団は敵か。 人によって目の前に立ちはだかる敵は違う。 俺は神に“彼ら”を助けてほしいと言われたのがきっかけでこちらの世界に来た。 「……俺は。」 これからどうすればいいのか。 ココは本の中の話とは訳が違うのだ。 みんな呼吸をして自分と話して同じように生きている。 これからの戦いで足手纏いになるのだけは嫌だ。 同時にまた昔のように誰かを失ってしまうのも嫌だった。 「駄目なんだ。俺は…っ」 俺に近づかなければ傷つかないでいられる。 俺に関わらなければ後悔しないですむ。 俺は誰かを頼りたいと願ってはいないのに、それなのにお前らは平気で俺の心に入ってくる。 この表情は偽りなのに。 この笑顔は偽りなのに。 きっかけはどうであれ偽ることを決めたのは俺自身。 心を開いてはいけない。 「……あの時あいつは…」 ふと、思い出した出来事に溢れた想いを断ち切るように一本の刀を振るう。 この前、廊下で偶然会った俺にあいつは、ニコ、と笑みを浮かべて話し掛けてきた。 気付いたのは偶然か、はたまた同じような笑みを浮かべる奴だからなのか。 俺には解らない。 分かりたくもない。 奴はまるで俺の心を見透かしたように中に踏み込んできた。 突き放すつもりで放った言葉に後悔なんてしていない。 滅多に表情を崩さないあいつが目を見開いて言葉を失っていた。 俺は俺自身が認めたくない気持ちに蓋をして刀の柄を握り締める。 「…っ」 俺はあいつらの運命やこれから何が起きるかを知っているのだ。 俺を仲間だと言ったリナリーやユウ、ラビ、教団にいるみんなを始めから裏切っている。 アレンの正体。 リナリーの想い。 ラビの葛藤。 ユウの梵字。 そしてこの教団は。 「ッ!」 辛い。 怖い。 イレギュラーな俺はこの世界にも本当は存在してはならない。 居てはいけない存在がいることで伯爵が描いたシナリオは狂うのだろうか。 俺に出来ること。 そのためにまず肉体的にも精神的にも強くならなければならない。 そして、誰にも負けず揺るがない確かな強さを手にいれなければならない。 誰かを失うのはもう嫌なのだ。 [前へ][次へ] [戻る] |