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誰かが俺を呼ぶ。
哀しくて辛くて今にも泣いてしまいそうなのに涙は流れない。
暗闇の中で誰かが言った。
俺はその内容がどうしても聞き取れなくて何度も聞き返す。
それでもやはり聞こえることはなくて誰かが哀しげに顔を伏せた。
黙ってしまった誰か。
慌てて近寄った俺の顔を見た瞬間、目を見開いた誰かは言葉を紡いだ。
アレンを、と。


「待、て…っ!!」
ズキンッ!


現実に引き戻された瞬間、奔った身体の激痛に言葉を失った。
顔を歪めた俺の隣では心配そうに月が周りを飛び回る。
様子を伺うかのような行動に小さく笑みを浮かべた。
今は夢のことを深く考えている場合ではない。


【……】
「大丈、夫…」


大丈夫なわけがないと月が自身を横に振る。
だが、秋羅は額に酷い汗をかきながらも月に笑いかけて必死に立ち上がった。


【……】
「……大丈、夫だ、から…」


これ以上動くなと目の前で訴える月の横を通りすぎる。
秋羅は「ふらふら」と覚束<オボツカ>ない足取りで近くの木に捕まりながら歩いた。


【……】
「俺の…こと、は…いいん、だ…よ…」


ここで時間を喰うわけにはいかない。
早くアレンのところに行かなければ何かが起こる。
寧ろ、何かが起こっている気がしてならなかった。










どくんっ

「ッ!」










心が苦しい。












どくんっ

((ッ、心が痛い…))












あまりの胸の苦しさに堪え切れず膝をついてしまう。
歩かなければならないのに違う心が胸を支配していた。
ただ苦しい、と。
ただ哀しい、と。










どくんっ!

「ゔぁ゙…っ!!」
【!】










やめろ。












どくんっ!

「ぁ゙あ゙!!」












痛い。













どくんっ!

「ッ、こ、れは…っ」












苦しい。













どくんっ!

「……俺、の…っ」












怖い。












どくんっ!

「感情、じゃ…な、い…っ」












交差する心と想い。
秋羅は激痛により沈みそうになる意識を取り戻すかのように立ち上がる。
今はただ龍凰へと近寄った。


((ッ、倒れる、な…))


俺の感情と誰かの感情が自分の脳で交ざり合い邪魔をしている。
何故かその想いの中で龍凰に触れなければならない気がして。
気持ちを奮い立たせて一歩一歩地面を踏みしめて歩いた。


((……今、は…っ))
ズキンッ!

「あ゙っ…」
【!】


秋羅は「ふらっ」と力なく地面に倒れこむ。
体力も身体も限界だった。
ただ傍にある龍凰に右手を伸ばして優しく悲しげに刃に入ったヒビを触る。
伝えたい想い。
伝えなくてはならない言葉を。


「ッ、ご、めん…な。今まで…随、分…無理…させ、た…」
カタッ

「龍、凰…っ」


まるで今までのことを“気にするな”とでも言うように静かに儚げに震える。
今の俺が在るのは龍凰がいたからこそ。
龍凰がいなければこの世界に来ても何も出来なかった。
見ていることしか出来なかった。
たとえソレが神の策略だったとしても龍凰と戦って来たのは俺の意識だから。
だから…


パァンッ!!
「ッ!」


俺の目の前で龍凰が砕けた。
ただソレを悲しむ暇は俺にはなかった。
龍凰が砕け散った瞬間「ふっ」と頭を過ったアレンの顔。
その表情が苦しみに歪んで今にも泣いてしまいそうだった。
その間にも龍凰は「さらさら」と粒子になって跡形もなく消え去っていく。


どくんっ

((ッ、駄目だ。))


突然、身体の奥底から湧き出した嫌な予感に体の痛みなど忘れて只ひたすらに走った。
何処へ行くかなんて俺自身だって分からないはずなのに。

何故か体が導く。
龍凰が教えてくれる。

だが、急がなければ間に合わない。











どくんっ

「ッ、くそ…っ」










もっと早く。











どくんっ

((……早くしない、と…))











全て終わってしまう。










どくんっ

((アレ、ン…っ!!))











身近ナ人ガ居ナクナル――…
こんな時だけ当たってしまう予感。
口にしてしまえば崩れてしまいそうな想い。


「はっ、はっ、は…っ」


何度転びそうになっても走り続ける。
余りの激痛に倒れそうになっても止まることは出来ない。
俺はただある一点に向かって走り続けた。
どれくらい走り続けただろうか。
ふと、感じたアレンの気配を辿りつつ僅かに顔をあげると竹藪の中に人影が見えた。
一度だけ足を止めて肩で息をしながら、徐々に近づいていく。
自分でも解る。
俺の顔色は真っ青だった。


「はぁっ、はぁっ、くっ…はぁっ…」

どくんっ

「ッ」


激痛に耐えながらも足は止めずアレンに近づいていく。
いてもたってもいられなかった。
俺の胸には不安だけが呼び起こされる。
突然「ふ」と目の前が真っ暗になった。
避け切れるはずもなく倒れこんだ俺の肩を支えるかのように手が置かれる。
何故か動きを止めた誰か。
朦朧とする意識の中で自分を奮い立たせて顔を上げた。


「すま…」


すまない。
そう口にしようとした俺はただ何も言えずに目を見開いた。
何も言わず瞬きを数回繰り返す男に俺は見覚えがある。


((……嘘、だろ…?))


高級なシルクハットを目上まで被り、タキシードに身を包んだ男はティキ・ミック。
ノアの一族だった。
白ではない黒であるティキ。

その表情は何を考えているのか。
それとも何も考えていないのか。

全く読めない。
ただ今の俺はノアと戦う術<スベ>を持っていないのだ。
龍凰は在るべき場所に還った。


「やっぱお前。あの時の美形くん…?」
「……お前、は…」


ティキの質問に答えてやる義理はない。
ティキの肩ごしに見えたアレンと姿の見えないスーマン。
俺は何も言わずティキの本質を射ぬくように見据えた。
動かないアレン。
胸に大きく開いた穴からは溢れんばかりの血。
体の上には白いティキにもらったトランプ。
近くにいるはずのスーマンの姿は見えなかった。
表情を。
俺の感情をティキに見せてはいけない。


「……お前、アレンとスーマンの二人をどうした。」
「……」


俺の質問にティキは口の端を上げて愉しげに笑う。
嫌な予感が当たってしまった。


「はは…殺したよ。俺の仕事だし。」
「ッ!」


離してしまったアレンの手。
武器を失った俺。
スーマンの哀しげな表情を結局は救うことが出来なかった。
決意と誓い。
アレンの傍を何故離れた。
スーマンの手を何故離した。
後悔したって状況は変わらない。
そんなことは理解していた。
理解した上で決意したことが在った。
結局は無くして失って何も出来ないまま俺だけがこうして居る。
ラビとの約束も果たせぬまま。
俺はどうなっても構わない。
そう思える奴らが出来たのに。


「結局…俺、は…」


変わらないし変われない。
何も出来なかった頃と何一つ変わってないのか。

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