6 スーマンは滅びゆく変わり果てた自身の身体を見上げながら何もせずただ静かに涙を流す。 まるでそれが自分の罪を償う為の神への懺悔のように思えた。 俺はふら付くアレンを支えながら、少しずつスーマンに近寄る。 「スーマン!!」 【エクソ…シスト。】 アレンは「ニッコリ」と笑みを浮かべて近寄った。 そこから一歩下がった場所で秋羅はただ無表情に二人を見つめる。 「アレンていいます。」 「久しぶりだな、スーマン。俺のことは知ってんだろ?」 その対称的な二人を茫然と見ていたスーマンが顔を伏せた。 【命が…尽きたみたいだ。オレは死ぬ…きっとこの化物の姿も…消えるだろう。】 そんな悲しい顔をして全てを諦めるのはまだ早い。 諦めるのは僅かな可能性を全てやったとしても、自分だけではどうにもならなくなった時だ。 まだ希望はある。 今はスーマンだけではないのだ。 アレンも俺もいる。 【すまない…家族に会いたかったんだ。】 スーマンの目からは涙が溢れ出る。 心からの涙。 【申し訳ない。】 アレンは何かを決意したように唇を噛み締めると自身のイノセンスを見つめる。 何かが切れる音がした。 それでも構わないと思えたんだ。 アレンの決意。 それを感じ取った秋羅は静かに目を閉じた。 だが、イノセンスを発動した二人の左腕はすでにボロボロだった。 ((使い物にならないなんて…)) もう左腕に感覚はない。 痛みはとおにその限界を超えてしまったのだろうか。 何も感じない。 全く動かない。 まるで自分の腕ではない感覚に少しだけ、ほんの少しだけ哀しくなった。 今まで一緒に戦ってきた龍凰も後少しで壊れてしまうだろう。 俺に残された時間は少ない。 それでも龍凰はアレンだけを。 小さく息を吐いて慣れない右腕でイノセンスを発動した。 「スーマン。僕の左腕と秋羅の龍凰であなたと右腕のイノセンスを切り離します。」 もう時間がない。 消滅してしまえば俺にもどうにかすることは出来ないのだ。 急がなければいけない。 間に合わなくなる前に。 「その時、あなたをひっぱり出しますが僕の右手は折れてて力が入らない。噛んでください。」 「待て、俺の左手も噛め。悪いが俺も力が入らないからな。」 「!」 黒く変色した手。 それは多分、秋羅の左腕まで侵食してそうな色だった。 なのに何でもないようにまたそうやって笑う。 けど、秋羅はこの場で僕が何を言ったって。 僕が何を聞いたって。 何一つ明確な答えをかえしてくれない。 なら、僕があなたにソレを聞くのは全てが終わってから。 「アレン!」 「……分かってる。」 アレンの答えに秋羅は苦笑を浮かべると、二人はスーマンに手を差し伸べた。 「絶対、放さないで!!」 【アレン…ウォーカー…アキラ…スズムラ…】 アレンが「ニッコリ」と笑い腕を一気にスーマンの横に突っ込むと秋羅も口の端を上げた。 「ゴボボ」と音をたてて二人のイノセンスは水のようなところを突き進んでいく。 スーマンのイノセンスは無数の糸のようなものに守られていた。 それを壊すべくイノセンスが糸に触れた瞬間、想像も絶する痛みが二人を襲う。 痛みは表面的な肌だけではなく骨の髄まで貫いた。 「がっあ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」 「ゔあ゙ぁ゙あ゙あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙あ゙あ゙」 【…あ】 その想像を絶する痛みに意識が飛びそうになる。 それでも今、やめる訳にはいかない。 イタイ ((ッ、駄目、だ…)) 負けるな。 「「あ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙あ゙」」 【やめろ…っ君達まで命を取られるぞ。】 そんなこと関係ない。 スーマンの命もアレンの命も。 朽ち果てさせない。 「「あ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙」」 二人はやめなかった。 助けると決めたから。 どんなに痛くても意識が飛びそうになっても頑張ると約束したから。 【やめろ…オレは殺した…仲間もたくさんの人間も…もうやめろ。】 知ってる。 だからこそ。 アレンと秋羅は理解した上でただ手を出した。 「いいっ生きるんです……っその人だちの分までっしあわぜになって、ぼ…僕達は…っあなだの幸せをねねっ願って………ます。」 苦しくて辛くて話すのもやっとのはずなのに二人は微笑んだ。 それを見たスーマンの心が動く。 二人の手に噛み付きその瞳からは涙がまた流れ落ちた。 【生きたい…っ生きたい!!】 「うぉおおぉおおぉぉぉおおおおぉ。」 二人は最後の力を振り絞って、イノセンスからスーマンを引き離しにかかった。 イノセンスを保護していた膜が少しずつ壊れていく。 「願え、強く…っ!!」 今よりももっと!! ドガァァンッ それはやがて凄い爆発とともに粉々に砕け散った。 その爆発により回りは一瞬だけ黒が支配する。 まがまがしく全てを飲み込んでしまう血のような赤い月が黒の一色の中で只一つの光だった。 まるでこれから起こるであろう不吉を象徴しているかのよう。 すぐにソレは消え去ると再び夜の静寂が戻ってきた。 何が起こったのか知らない人は多いのかもしれない。 そのほうが幸せなのか。 知ったほうが幸せなのか。 解る者は誰もいない。 * * * 「夢を見たよ。ドクター。」 ベッドに入ってクマを抱いている少女が顔を上げて言った。 隣にはドクターと呼ばれた老人が一人。 「ほう。」 「あんまり顔、覚えてないけどあれはきっとパパの夢。」 少女は夢を思い出しながら手を片手を上にあげた。 「ただずっと笑いながら私に手を振るの。でも、とっても悲しそう。まるでさよならしてるみたいだった。」 窓の外では平和そうに鳥達が戯れている中で「すっ」と暖かい日差しが入ってきた。 少女はしばし外を見ていたが、ふと、思ったことが勝手に口から紡ぎ出される。 「いるよね?」 空は綺麗な青空で不安な少女のココロとは正反対。 「パパ…この世界のどこかにいるよね?」 その言葉にドクターはただ静かに笑みを浮かべることしか出来なかった。 一人の少女の純粋な願い。 それは自分を形づくる一つの想いだった。 [前へ][次へ] [戻る] |