[通常モード] [URL送信]



悲しげに儚げに眉を寄せるクロウリーにエリアーデは何も言わずただ黙っていた。
けど、エリアーデにはやりたいことがあったのだ。
それは誰にも譲れない思い。


「愛してたのに…初めてお前を見た時からずっと…」
【……】
「お前に見惚れていた私を敵ならばどうしてあの時殺さず今まで側にいたのだ。」
【だから利用したって言ってんでしょ。】


違う。


【やってみたいことがあったのよ。】


こんなことが言いたいんじゃないのよ。

音として聞こえるエリアーデの声。
感じたのはエリアーデの心の声。
悲しいと泣いている。
もう終わりだと泣いている。
知られてしまった以上殺してしまうしかないと。
張り裂けそうな胸の痛みは俺の心か、エリアーデの心か。


【そのために正直ずっと…】


やめて。


【あんたを殺すのを…】
「もう…」


やめて!!


【我慢してたのよ…】
「もうやめろ!!」
【!】


苦しい哀しい壊したくない。
やめてやめて、こんなことが言いたいんじゃないのに。
ずっと二人で話している間からエリアーデの声が聞こえてた。
だからこそ、エリアーデにもクロウリーにも後悔してほしくないのだ。
愛し合っている二人だから。
俺の声で時が止まったかのようにエリアーデの言葉が止まった。
無くした後に気付くなんて、在ってはならないことなんだ。


「お前は自分を偽って何をしたいんだよ…」
【何、でここに…】


唖然としたエリアーデを見据えて言葉を紡ぐ。
後悔しているエリアーデの心。
俺はこの為に来たのに結局何も出来ないなんて。
運命は俺が知っていたものになってしまう。


「後悔すんなって言っただろ!」
【ッ、煩い!!】
ドッ!
「ぁ゙っ…」


エリアーデが秋羅の言葉を遮るように攻撃を繰り出して壁へと叩きつける。
元から身体を動かすこともままらなかった秋羅は為す術なく壁に激突した。


ガァンッ!
「カハッ…エ、リア…」


飛びそうな意識を奮い立たせて立ち上がる。
内臓がやられたのか、口に血が逆流してきた。
吐血した俺がふ、と顔を上げるとエリアーデが人の姿にコンバートして近づいてくる。


「あんたはそこで仲間が殺されるのをみてなさい…」
「エ…リア、デ…」
「こいつを殺したら最後はあんたよ。」
「や、めろ…よ」


苦しげに辛そうに顔を歪ましたエリアーデの表情は後ろにいるクロウリーからは見えない。
自我を持ったアクマは伯爵により縛られてしまう。
何も出来なかった。
何かをしたかった。


「…お前は本当にアクマなのだな…私もずっとお前を殺したかった!!」
「だ、めだ!!」
「!」


怒鳴った俺にエリアーデもクロウリーも目を見開いた。
変えられない運命なんてあり得ない。
だが、クロウリーが寄生型イノセンスを手にしてエリアーデがこの城を訪れる。
そして、俺たちが現れた。
これはまるで誰かが用意したシナリオのようで。
悔しかった。


【黙りなさい!】


首もとに突き付けられたエリアーデの手。
刃物のように尖った手によって首から血が流れだした。


「黙…れな、い…」
【これ以上話せば…!】
「だ…て、クロ、リー、は…まだエリ、ア…デの気…持ち、を…」
【黙れ!!】
ドガァッ!
「ガハッ…」


エリアーデは首を掴んで秋羅を壁に押しつけた。
「ピクッ」と眉を寄せたクロウリーは手に付いたエリアーデの血を舐める。
すると、目付きが変わり口調も変わった。


「お前が殺したいのは私であろう!」
【!……ふふ、そうだったわね。こんな死にぞこないすぐに死ぬわね。】
「エリ、ア…」


必死に伸ばした手はエリアーデに届かずただ虚無を掴んだ。
互いに縮まったクロウリーとエリアーデの距離。
戦いが始まってしまった。
直ぐ様クロウリーがエリアーデに蹴りをいれ、少し怯んだ隙を見計らい口を広げた。
クロウリーの歯はイノセンス。
噛み付くことにより、アクマの血を自分の中に取り込むことができる寄生型のイノセンスなのだ。
だが、エリアーデの口からは無数のシャボン玉らしきボールが現れクロウリーを阻む。
そのボールに何か感じたクロウリーは急いでその場から遠退いた。


【フフ、鋭いわね。離れたのは正解よ。このボールはアタシの能力。】
「能力?」
【よけきれるかしら?】


クロウリーに無数のボールが襲いかかっていき、避けていくが周りの壁や花を溶かす。
ボールは強い酸で出来ていた。
避けていたクロウリーも長時間避けられるはずもなく、とうとうボールに当たってしまう。
すると、一瞬にして右腕がなくなった。


((悲しい哀しい戦い…))

【臆病者!!お前なんかこの城で朽ち果てんのがお似合いよ。】
「ああ…お前とならそんな生涯を送ることになってもいいと思っていた。エリアーデ。」


最初から俺はこの戦いに対して口出しする権利も割り込むことも出来なかったのだ。
全ては戦争が生んだ悲劇。
愛し合う者同士は知らぬ間に別の道を進んでいた。


「だが、醜いお前は見たくない。」


クロウリーもエリアーデのことを心から愛していた。
だからこそ、クロウリーは許せなかったのだ。
それに、イノセンスが有る限りあらがえない。
クロウリーのイノセンスはエリアーデを求めてしまう。
全てを無くす程に。


((無くした者が大きい程に人は…))


エリアーデは自分の気持ちに気が付けていない。
造られたアクマにも心はある。
ただ愛されることを求めるあまり、愛すこと忘れていた。
愛すことを忘れてしまった。




アクマとエクソシスト。




呼称は違っても確かにこの世界に存在してどちらも生きている。

何故、争う。
何故、戦争が起こる。

この戦いに待っているのは本当に平和なのだろうか。


「跡形もなく消えろ。」
【いやよ!】

「く、そ…」


身体が動かない。
エリアーデが無数のボールをはき出し、クロウリーは怯むことなく向かっていく。
その右腕がなくなっても足がなくなったとしても。
愛する者が誰かの手によって殺されてしまいなら一層自分が殺してしまおう。
ふ、と昔何かで読んだ文献が頭に浮かんだ。


((…俺には何も出来ない。))


あと少し。
エリアーデに届くかに思われたクロウリーの歯は無数のボールによって阻まれた。
顔以外の全身がなくなってしまったクロウリーは地面に落ちていく。
それを見たエリアーデは人間の姿になってクロウリーを見下ろした。


((これは二人が望んだ結果…))


さよなら、アレイスター。
あたしがずっとしてみたかったことはね。
人間の女共が“一番キレイになる”方法。
どんなに劣っていた女でもそれをすると眩しいくらい“きれい”になったから。
でもどんなに望んでもあたしにそれはできなかった。
だってあたしはアクマだから近づいた男を殺してしまうのよ。
もしあたしに殺されない男がいるとしたら。
それは。










“あたしを壊す男”










エリアーデは目を見開いた。
目に移ったクロウリーは首だけになりながらも、エリアーデの首元に噛み付く。
クロウリーは「じゅる」と音を立ててアクマの血を呑んだ。


「なんだ…まだ動けたの…?あなたを愛したかったのにな…」

((エリアーデ…))


今、自分がどんな顔をしているのか分かっているのだろうか。
哀しい切ない顔。
別れが惜しいと悲しむ今にも泣いてしまいそうな顔だった。

伯爵によって造られたエリアーデ。
伯爵によって造られた他のアクマ。

アクマにも感情は在って。
だが、感情が芽生えるまでに“人”をたくさん殺してきた。
そして、エリアーデの中にいる魂は苦しみ嘆き悲しむ。
ただ愛してくれ、と。


どくんっ

((気付いているよ…))


聞こえていた。
魂だけを解放する力を自分は持っていない。
それでもエリアーデに幸せになって貰いたかった。
魂とは違う人格を持ったもう一つの“人”という存在に。


俺は魂を弄ぶ伯爵を許さない。


「ぎゅっ」と強く拳を握りしめて今だけは哀しげ顔を歪めた。
それでも決してエリアーデとクロウリーから目は離さない。
エリアーデにはもう会えないのだ。
二人がこうして一緒に居られる時間も後わずか。
最後の血を飲み干したクロウリーはエリアーデから離れた。


「(ずっとあたしだけの吸血鬼で…)」


消えていくエリアーデ。
俺はただ静かに目を閉じた。

さようなら秋羅。


((……ああ。))


悔いはないわ。


((……ん、分かってる。))


だから、アレイスターを。


((お前の最期の願いだ…))


エリアーデの全てを飲み干したクロウリーは静かに涙を流す。
「エリアーデ」と呟いたクロウリーの声がやけに響いた。
俺は胸の前で手を組むと祈るように目を閉じる。


((願わくば二人が来世で巡り合うことを…))


エリアーデのボールは弾けとび雨のように城の中に降り注ぐ。
それはまるでエリアーデが流せなかった涙のようだった。


((……約束は守る。))


クロウリーは俺たちの仲間で。
エリアーデが愛した唯一の男。


((俺たちは友達だろう?エリアーデ…))


残った俺にはまだやることがある。
強く拳を握ると近くで何かが揺れたような気がした。
ただ俺にはそれを気にしている余裕が今はなかっただけ。

[前へ][次へ]

9/11ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!