1 序章 星月夜 イバラは窓ごしに夜空を見上げていた。 開け放たれた木枠の窓からは、冷たい夜風と怒った猫の鳴き声が入ってくる。 空には白い筋雲が少しかかっていたが、その隙間から彼の唯一知る星座が見えた。 夜半過ぎにひときわ輝く薄絹の小鳥座だ。 あの薄絹をまとった小鳥は、とある少女の生まれ変わりなのよ。 イバラの母親はイバラが小さいころそう話して聞かせた。 少女には恋人がいたけれど、お家の事情で会うことを禁じられてしまった。 悲しんだ少女は湖に住むと言われる精霊に頼んだの。 あの人のそばにいさせてくださいって。 精霊は彼女の頼みを聞き入れ、彼女は湖に沈み、かわりに一羽の小鳥が生まれた。 小鳥は空をひとっとびして恋人のもとへ行き、彼のそばで美しくさえずっていた…… 「なにやってんだよ」 背後から少しいらついた低い声がかけられ、イバラは振り返った。 一人の青年が、石壁の小さな部屋の中央に鎮座する古びたベッドに腰かけ、星明かりにほんのり色づき映しだされた。 青年は座っていてもじゅうぶんわかるほど足が長かった。 髪と目は黒く、意志の強そうな精悍な顔立ちをしている。 野生味あふれる屈強な体躯を持つその青年は、イバラをじっと見つめていた。 「早くこっちに来い」 青年――ジダルはイバラに右手をさしのべた。 イバラは窓から離れてジダルの前に立った。 イバラの柔らかい金茶の髪が夜風になびいた。 イバラはジダルと違い、やせっぽちで背もそんなに高くない。 食べても太らないし筋肉がつきにくい体質なのだ。 毎日鍬で鍛えられている農婦のほうがよほど力が強いだろう。 ジダルはイバラの細い腕を引いてベッドに倒し、上におおいかぶさった。 イバラはとび色の瞳を揺らしてジダルを見上げた。 ジダルはイバラの着ている深緑色のシャツを脱がせ、靴をベッドの下に放って亜麻でできたズボンに手をかけた。 一糸まとわぬ姿になったイバラは、やせているにも関わらずなまめかしい体つきをしていた。 白い肌にすらりと伸びた足、まだ幼さの残る顔はほんのり赤く染まっている。 ジダルはイバラの頬を手の平で包み、親指の腹でなでた。 #> [戻る] |