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マイ ディア マザー



 週が明けた月曜日、百佑は四時間目をさぼって水泳部部室に来ていた。
 そこで大斗と二人きりでいろいろ話し合い、輝弥が来るのを待った。

 授業終わりのチャイムが鳴り終わるのとほぼ同時に、扉が開いて輝弥が飛びこんできた。
 教室からダッシュで来たようで息を切らせている。

「よーし」

 大斗は尻ごみする輝弥を中に促し、扉を閉めて鍵をかけた。
 百佑はコンビニのコロッケパンを食べながらにっこりと笑った。

「まあ、座りなよ」
「う、うん」

 輝弥はおずおずとすのこの上に正座した。

「まあ、気づいちゃったからにはしょうがないけど」

 百佑が言うと輝弥はあからさまにびくついた。

「ど、どうするんだ? 俺を、け、消すのか……?」
「そんなことしないよ。どうせ、裏じゃとっくに漏れてる情報だからさ。カイに弟がいるって話は」
「そ……そうなのか」
「でも、広がってほしい事実じゃないんだよ。おれにしても、柊一にしても。柊一は敵が多いから。
だからおれの身を案じてくれるなら、このことは誰にも言わないでくれ。今のところ知ってるのは寺垣先輩とお前だけだ」

 輝弥は神妙に頷いた。

「わかった」
「おい」

 入り口前に立つ大斗が声をかけた。

「はいっ」
「これで以前お前に百佑のボディーガードを頼むって言ったわけもわかったろ。今、百佑は危ない立場にあるんだ。
学校にいるときは俺が守るが、下校中はお前がしっかりガードしろ。変な連中がいると思ったらすぐ俺に連絡しろ。お前は鼻も利くんだろ」
「で、でも……俺にできるのかな……」
「できる。金曜のお前を見てりゃ、腕がなまってねえことはわかるさ。なにも必ず戦えって言ってるわけじゃねえ。やばいと思ったら百佑連れて逃げろ。いいな」
「わかりました……」
「よし。しっかりやれよ。お前がうまくやりゃあ、この学校は来年お前に任せてもいい」
「はい……え?」

 生返事をした輝弥が聞き返したが、大斗は話は終わりだとばかりにそっぽを向いて煙草を火をつけていた。
 輝弥に無言で疑問をぶつけられた百佑は軽く笑って流した。

 百佑は昼飯を買ってこなかった輝弥のために自分のパンを一つやり、大斗と三人でぎこちない食事をした。
 輝弥は最初こそ居心地悪そうにしていたが、腹が満たされてくるといつもの調子を取り戻していった。

「なあもゆたん」
「なに?」
「カイの弟ってことは、お前もカラスなの?」
「……そうだよ」
「うわ、すげえ! ははあ、だから今までなにがあっても耳も尻尾も見せなかったんだな? なあなあ、翼あんだろ? 見せてくれよ!」
「ええっ?」

 百佑は口についたソースをぬぐい、困って大斗を見つめた。
 カラスであることを隠している百佑は家以外で翼を出したことがない。
 大斗は目を細めて百佑を見ていたが、不意に立ち上がると窓のカーテンを引いた。

「よし、これで誰にも見られないぞ」
「ちょっと、寺垣先輩も見たいんですかっ?」
「見たい。カイだって翼なんか出したことねえからさ」

 百佑はしぶしぶブレザーとシャツを脱いで上半身裸になると、全身を弛緩させてから手足を思いきり伸ばすように力をこめ、種族の証を解放した。
 黒い大きな翼が百佑の背中に音もなく現れた。
 空気がわずかに揺れる。

「うわ……」

 輝弥は感嘆の声をあげ、大斗は静かに目を見開いた。
 たたまれていたがそれでも黒い翼は巨大で、部室の横幅いっぱいを陣取っている。
 全て広げれば百佑の身長の二倍はあるだろう。
 一枚一枚が手の平ほどもある大きな羽は艶やかで、光の反射でところどころ青く見える。
 百佑の意思に合わせ、一対の翼は静かに呼吸するがごとくゆったりと動いていた。

「すごい、天使みたいだ」

 輝弥はうわごとのように言っておそるおそる百佑の翼に手を伸ばした。
 百佑はあまりに輝弥が感激している様子なので、したいようにさせてやることにした。

「天使って羽黒くないと思うけどなあ」

 百佑が言ったが二人とも聞いていなかった。
 輝弥は骨格に沿って翼をなで、先端を飾る風を切るための大きな羽を指先でさらさらと触れた。
 大斗は触れてこなかったがしげしげと興味深そうに眺めている。

「引っぱったら羽抜ける?」
「抜けちゃうから引っぱるなよ! 痛いんだから」
「カラス族の羽なんかネットオークションに出したらすごいんだろうなー」
「パチモンと思われるだけだと思うよ。だから絶対抜くなよ」
「はいはい」

 わかっているのかいないのか、輝弥はしばらく翼をぺたぺた触っていた。
 百佑はいつ羽を抜かれるかひやひやしていたが、さすがの輝弥もそれはしなかった。

「これ本当に飛べるんだろ?」
「まあ」
「すっげー」
「……てか、そんなに触るなよ。種族の証は弱点だって知ってるだろ。常に弱点出してるお前は平気なのかもしんないけど」
「あ、ごめん」

 翼の付け根をなぞっていた輝弥はぱっと手を離した。

「お前、そこ弱いのか」

 じっと眺めていた大斗がぽつりと言った。

「え? まあ、そうですかね」

 百佑は曖昧に笑って翼をしまい、服を着た。



 つづく

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