4 「百佑!」 柊一は自宅前で停まった車から飛び出し、家の中に飛びこんだ。 中は暗く、人の気配がない。 「百佑! どこだ!?」 百佑の部屋を覗くと、放りだしたゲーム機のコントローラーの脇に、 スナック菓子の空き袋と百佑気に入りのカップラーメンの紙カップが置いてあった。 カップの中身はスープしか残っていない。 まだスープの香りが部屋に漂っているので、食べてからそう時間は経っていないだろう。 柊一の部屋にも養母の部屋にもいない。 階下に駆け下り、リビングやキッチンやふろ場も見たがどこにも百佑の姿はない。 「百佑、どこ行ったんだ」 こんな明け方に出かけられるところといえば、コンビニくらいだ。 柊一は家を飛び出し、最寄りのコンビニに走った。 しかし誰とも行き合わずコンビニに着いてしまった。 もちろんコンビニの中に百佑の姿はない。 店員がいる空間で百佑があの状態になることはないはずだった。 柊一は途方に暮れて辺りをきょろきょろ見回しながら近所をさまよい歩いた。 不審者の行動そのものだが、まだ朝日も上りきらない時分で犬の散歩をする人もいないので、気に留める者はいない。 「百佑……」 不意に近くの電線にとまった烏がカアと鳴いた。 柊一が見上げると、その烏は電線の下に降りて見えなくなった。 柊一は導かれるようにその烏を追った。 「百佑!」 ゴミ捨て場の前でうずくまる小さな姿を見つけ、柊一はほっと安堵の息をはいた。 数羽の烏が心配そうに百佑の周りを囲んでいる。 「百佑、大丈夫か」 「……兄ちゃんっ」 柊一が駆け寄ると百佑はぱっと顔をあげ、柊一に抱きついた。 百佑は柊一の首が締まりそうなほど強く抱きつき、柊一の体温を感じた。 柊一は荒い息をはきながら震える百佑の背中をさすり、頭をなでてなんとか安心させようとした。 「兄ちゃん、おれ一人なんだよ……ほかの人たちは皆違うんだ。かあさんもいなくなって、もうおれしかいないんだ……」 「俺がいるから大丈夫。一人じゃないよ」 「うっ、兄ちゃん……一人はいやだよ……」 百佑は柊一の肩に顔をこすりつけて泣いた。 柊一は昔よくやったように百佑の背中を優しく叩いてなだめた。 「一人じゃない、皆いるよ。俺もいるし、寺垣だって、学校の友達もいっぱいいるだろ」 「先輩たちは違う! おれたちとは違うよ! 皆はいっぱいいるけど、おれは一人なんだよ!」 「百佑……」 百佑の悲痛な叫びが柊一の胸に刺さった。 確かにカラスは百佑と柊一ただ二人だけだ。 いくらほかの種族の人がたくさんいても、百佑はときどき自分が一人だと思いこんでしまう。 不意に孤独の発作がやってきては、こうして柊一になだめてもらわないと自己を確立できなくなる。 少し前まで百佑は精神安定剤を服用していた。 しかし最近は飲まなくても大丈夫だったのだが、まだたまにこのような症状が出ることがある。 「大丈夫。俺がずっと一緒にいるから。お前は絶対一人にはならないよ。俺がいるから……」 柊一は何度もそう言い聞かせた。 百佑の呼吸はだんだん静かになり、震えも収まってきた。 「俺がいる」 百佑は柊一の声を聞き、きつくしがみついていた腕の力を抜いた。 「……どこにも行かないで」 「ああ。どこにも行かないよ。ずっと百佑のそばにいるよ」 二人が異常に依存し合うようになったのは、二人ぼっちだからだった。 二人は互いの温もりを確認することでしか、自分を保てない。 危うい関係を続けるしかないのだ。 つづく [*←] [戻る] |