2 「すみません、至急お耳に入れたいことが……」 元岡はかなり焦っているようだが、床に転がる大斗を見下ろして口ごもった。 「構わない、言え」 「はい。あの、中堀の行方がわからなくなりました」 「はっ?」 「連絡がつかず、自宅ももぬけの殻です。それと、先日の迎橋での取引の金がなくなってます」 柊一は足元が崩れていく感覚を味わった。 自分が今どこにいるのか、きちんと立っているのかさえわからなくなった。 頭が空っぽになり、思考が停止した。 「……カイ?」 元岡に呼ばれ、柊一は我に返った。 「……行き先は? 一体どこのどいつに鞍替えしやがったんだ?」 「今探させてますが、まだ見当もつかない状況です」 「くそっ!」 柊一は怒りにまかせてローテーブルを蹴った。 よく磨かれた高級な木机は一撃でひびが入り、使い物にならなくなってしまった。 「あの野郎……。絶対に捕まえろ。俺を裏切った代償をきっちり払うまで、楽に死なせるな。俺がこの手で始末する」 元岡は短く返事をして部屋をあとにした。 柊一はソファにくずおれるようにして座り、手の平で額を覆ってうつむいた。 絨毯に手をついて起き上がった大斗は、うなだれる柊一を辛そうに眺めた。 ◇◇ 長い数学の授業が終わり、百佑は短い休み時間にジュースを買いに自動販売機に来ていた。 不良が数人自販機の前でたむろしていたが、百佑が来るとさりげなく場所を空けてくれた。 もう百佑が大斗のグループに入ったことは周知の事実で、じろじろ見られることは多くなっても、絡まれることはほとんどなくなった。 百佑はそのあたりは大斗の影響力に感謝していた。 最近お気に入りのマスカット味のゼリー飲料を買い、教室に戻ろうとした百佑は、廊下でばったり大斗に出くわした。 珍しく大斗は一人だった。 「寺垣先輩! えっ、どうしたんですか?」 百佑は素っ頓狂な声をあげた。 大斗は下唇を切り、右頬と額の端に痛々しい青あざを作っていた。 宝尭高校を束ねる不良のトップがこれほど派手な傷を作るなんて、相当大規模な戦闘があったのだろう。 「ああ……別に大した怪我じゃない」 大斗は少し気まずそうだった。 百佑は恐る恐る大斗の顔に手を伸ばしたが、傷に触れる前に大斗に腕をつかまれた。 「来い」 「えっ?」 大斗はきょとんとする百佑を連れ、足早に渡り廊下を渡って人けのない校舎端の階段にやってきた。 遠くで生徒の話し声がするが、ここは静かだ。 「カイはなにかお前に伝えたか?」 「え……昨日は帰って来なかったですけど、電話でしばらく一人にはなるなって……」 「理由は聞かなかったのか?」 「忙しそうだったので聞いてませんけど……なにかあったんですか?」 大斗は軽く頷き、階段に腰を下ろした。 百佑も隣に座った。 「……ハイエナから裏切り者が出てな。カイの腹心だった奴なんだが、取引の金を持ち逃げして行方くらましちまった。 悪いことに、そいつはカイの本名も正体も知ってたんだ」 「……その人、どこへ行ったんですか?」 「おおかた、同業者の誰かにそそのかされて、今はそこに匿われてんだろ」 「金って、いくら持ってかれたんですか?」 「詳しいことは知らないが、億単位だろ」 百佑は言葉が出なかった。 そんな大金を柊一が扱っているなんて知らなかった。 ハイエナの組織について無知な百佑だが、それだけの金を動かせる分危険も付きまとうことくらいはわかる。 「そいつはお前のことも知ってる。カイの唯一の肉親で、カイが大事にしていることもな」 「おれ……?」 「カイはハイエナのシンボル的存在だ。憧れてる奴もいれば憎んでる奴もいる。カイを蹴落とそうとする奴の考えることは一つだ」 大斗はじっと百佑の目を見つめた。 「弱みを握ること。すなわち、お前だ」 百佑は大斗の視線を避け、頭を整理しようと首を振った。 話に頭がついていかない。 今まで柊一の心配ばかりしていた。 自分に火の粉が飛んでくるなんて考えたこともなかった。 百佑は柊一の身の置いている世界を知らなすぎた。 「カイは強い。頭もキレるし、危ない橋は絶対に渡らない。お前を危険にさらさないように細心の注意を払ってきた。 その苦労が、一人の裏切り者によって水の泡になっちまった」 「そんな……これからどうなるんですか?」 「さあな。しばらくは様子見だ。そんなすぐ行動起こすことはねえだろうが、警戒しとくにこしたことはない。 そういうことだから、しばらくお前も周りに気をつけろ。妙な連中がいると感じたら、すぐ俺かカイに連絡しろ。いいな」 「はい……」 [*←] [→#] [戻る] |