7 百佑はバナナをもぐもぐしながらのほほんと笑っている。 「忙しいけど、今日は帰ってきますよー。一緒に夕ご飯食べるんですー」 「夕ご飯って……もうすぐ十時だよ?」 遊羽伊が時計を見上げて言った。 大斗は顔を青くした。 「百佑、お前んちの夕飯って何時だ!?」 「んー、だいたい七時とか……兄ちゃん帰ってくんの遅かったら八時過ぎることもありますけど」 大斗は百佑の鞄をひっつかみ、百佑を無理やり立たせた。 「帰るぞ! 送る!」 「おい、どうしたんだよ急に」 百佑を取られた晴弘が不服そうな声を上げたが、大斗は返事をする余裕さえなかった。 百佑の手からバナナの皮を奪ってごみ箱に放り、百佑の腕をつかんだまま怒涛の勢いで晴弘の部屋をあとにした。 残された遊羽伊と晴弘は顔を見合わせた。 「百佑んちってそんな厳しいのか?」 「さあ」 ◇◇ 大斗は酒でぽわぽわしている百佑を連れ、電車に乗って百佑の家の最寄り駅で降り、百佑に道を尋ねながら早足で護島家に向かった。 百佑は大斗の速さについていけず何度もつんのめったが、大斗は速度を緩めなかった。 一刻も早く家に帰さなければ、今の大斗はそれしか考えていなかった。 「ここー」 百佑が示した一軒家には護島と表札が出ていた。 大斗は一瞬、これがカイの住む家かと感慨にふけった。 右にも左にも同じような家が並んでいる。 なんの変哲もない建売の住宅だ。 窓から明かりがもれているのを見て、大斗は我に返った。 大斗が震える指でインターフォンを押すと、百佑がマイクに向かって言った。 「ただいまあー」 すぐに玄関が開かれ、仏頂面の柊一が顔を出した。 「……ずいぶん遅かったじゃないか」 柊一は黒いシャツに灰色のズボンを着ていて、まだ帰ったままの格好のようだった。 大斗は百佑の背中を押して一緒に中に入り、ドアを閉めると深く頭を下げた。 「すみません! 一緒に遊んでたらこんな時間に……カイと夕飯の約束をしてるなんて知らなかったので……」 「百佑に電話しても出ないから、心配したんだよ」 柊一は静かに言った。 声は穏やかだが、冷たい怒りが大斗の全身に突き刺さった。 大斗は柊一を見上げたがすぐにまた頭を下げた。 柊一は無表情だった。 整った顔だからこそ余計に恐ろしく、直視できない。 「どこで遊んでたの?」 「俺の友人の家で……」 「楽しかったー! 先輩、またポーカーやりましょうね!」 百佑は上機嫌で声を弾ませ、大斗に抱きついた。 「ふーん……楽しかったんだ。そりゃあよかったね」 柊一は百佑に抱きつかれている大斗に氷点下の視線を送った。 大斗は背筋を冷や汗が流れおちるのを感じた。 「あのっカイ、違いますこれは……百佑さん酔っぱらったみたいでこういう状態に……あ、酒飲ませたりしてすみません! 百佑さんも慣れてるみたいだったからつい……」 大斗はしどろもどろに弁解したが、柊一の機嫌は一向に良くなる兆しを見せなかった。 「えへ」 大斗にしがみついていた百佑が不意に顔を上げた。 まだ頬がほんのり色づいている。 百佑は柊一を見上げると、大斗から離れて両腕を広げた。 「にーちゃーんただいまー」 百佑は靴のかかとを踏んで手を使わず靴を脱ぎ、柊一に飛びついた。 柊一はしっかり百佑を抱きとめた。 「おかえり」 百佑を抱きしめると、柊一はあれほどとげとげしかった空気を収め、和やかな表情になった。 それを見た大斗は、柊一がどれだけ百佑を愛しているか瞬時に理解した。 「あんまり心配かけないでほしいな」 「……ごめんね」 「ま、無事ならいいんだ」 柊一はくすりと笑い、大斗に手を差し出した。 大斗は持っていた百佑の鞄を手渡した。 [*←] [→#] [戻る] |