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マイ ディア マザー



 百佑はバナナをもぐもぐしながらのほほんと笑っている。

「忙しいけど、今日は帰ってきますよー。一緒に夕ご飯食べるんですー」
「夕ご飯って……もうすぐ十時だよ?」

 遊羽伊が時計を見上げて言った。
 大斗は顔を青くした。

「百佑、お前んちの夕飯って何時だ!?」
「んー、だいたい七時とか……兄ちゃん帰ってくんの遅かったら八時過ぎることもありますけど」

 大斗は百佑の鞄をひっつかみ、百佑を無理やり立たせた。

「帰るぞ! 送る!」
「おい、どうしたんだよ急に」

 百佑を取られた晴弘が不服そうな声を上げたが、大斗は返事をする余裕さえなかった。
 百佑の手からバナナの皮を奪ってごみ箱に放り、百佑の腕をつかんだまま怒涛の勢いで晴弘の部屋をあとにした。

 残された遊羽伊と晴弘は顔を見合わせた。

「百佑んちってそんな厳しいのか?」
「さあ」


   ◇◇


 大斗は酒でぽわぽわしている百佑を連れ、電車に乗って百佑の家の最寄り駅で降り、百佑に道を尋ねながら早足で護島家に向かった。
 百佑は大斗の速さについていけず何度もつんのめったが、大斗は速度を緩めなかった。
 一刻も早く家に帰さなければ、今の大斗はそれしか考えていなかった。

「ここー」

 百佑が示した一軒家には護島と表札が出ていた。
 大斗は一瞬、これがカイの住む家かと感慨にふけった。
 右にも左にも同じような家が並んでいる。
 なんの変哲もない建売の住宅だ。

 窓から明かりがもれているのを見て、大斗は我に返った。
 大斗が震える指でインターフォンを押すと、百佑がマイクに向かって言った。

「ただいまあー」

 すぐに玄関が開かれ、仏頂面の柊一が顔を出した。

「……ずいぶん遅かったじゃないか」

 柊一は黒いシャツに灰色のズボンを着ていて、まだ帰ったままの格好のようだった。
 大斗は百佑の背中を押して一緒に中に入り、ドアを閉めると深く頭を下げた。

「すみません! 一緒に遊んでたらこんな時間に……カイと夕飯の約束をしてるなんて知らなかったので……」
「百佑に電話しても出ないから、心配したんだよ」

 柊一は静かに言った。
 声は穏やかだが、冷たい怒りが大斗の全身に突き刺さった。
 大斗は柊一を見上げたがすぐにまた頭を下げた。
 柊一は無表情だった。
 整った顔だからこそ余計に恐ろしく、直視できない。

「どこで遊んでたの?」
「俺の友人の家で……」
「楽しかったー! 先輩、またポーカーやりましょうね!」

 百佑は上機嫌で声を弾ませ、大斗に抱きついた。

「ふーん……楽しかったんだ。そりゃあよかったね」

 柊一は百佑に抱きつかれている大斗に氷点下の視線を送った。
 大斗は背筋を冷や汗が流れおちるのを感じた。

「あのっカイ、違いますこれは……百佑さん酔っぱらったみたいでこういう状態に……あ、酒飲ませたりしてすみません! 百佑さんも慣れてるみたいだったからつい……」

 大斗はしどろもどろに弁解したが、柊一の機嫌は一向に良くなる兆しを見せなかった。

「えへ」

 大斗にしがみついていた百佑が不意に顔を上げた。
 まだ頬がほんのり色づいている。

 百佑は柊一を見上げると、大斗から離れて両腕を広げた。

「にーちゃーんただいまー」

 百佑は靴のかかとを踏んで手を使わず靴を脱ぎ、柊一に飛びついた。
 柊一はしっかり百佑を抱きとめた。

「おかえり」

 百佑を抱きしめると、柊一はあれほどとげとげしかった空気を収め、和やかな表情になった。
 それを見た大斗は、柊一がどれだけ百佑を愛しているか瞬時に理解した。

「あんまり心配かけないでほしいな」
「……ごめんね」
「ま、無事ならいいんだ」

 柊一はくすりと笑い、大斗に手を差し出した。
 大斗は持っていた百佑の鞄を手渡した。


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