9 柊一はしばらく百佑の口腔を味わっていた。 歯列をなぞり、唾液を送りこんで舌を絡める。 そのうち百佑も気持ちよくなってきたのか、おずおずと舌を絡めてきて、それがまた柊一の興奮を煽った。 口は素直ではないくせに、百佑の体は素直だ。 たっぷり口内を愛撫してから唇を離すと、つうと透明な糸が引いた。 百佑は潤んだ瞳で柊一を見つめた。 柊一も熱をはらんだ目で百佑を見つめ返す。 柊一は百佑をそっとベッドに横たえた。 百佑は柊一を見つめるのに忙しく、されるがままになっていた。 愛しげに百佑の髪の毛を梳く柊一に、百佑はぽつりと呟いた。 「柊一が――」 「お、に、い、ちゃ、ん」 「……兄ちゃんが家に帰ってくるの、久しぶりだね」 「ああ、そうだな。最近仕事が忙しくて、こっそり抜け出す暇がなかったんだ」 柊一は髪をいじっていた手を滑らせ、百佑のほんのり赤らんだ頬をなでた。 「お前のことがばれたら大変だからな。俺は派手にやってるから、俺のこと恨んでる奴なんて掃いて捨てるほどいる。弱点は絶対に隠しておかないと」 「そう思うんなら、やめればいいのに」 「俺はこういう生き方が合ってるんだよ。ハイエナの連中はごちゃごちゃ無駄なこと考えないから楽に付き合えていい。 邪魔な者は消して、奪えるものは奪い、どんどんのし上がっていける。最高じゃないか?」 柊一は睦言のように耳元で囁いてくる。 百佑に柊一の生き方は理解できず、適当に相槌を打ちながら聞き流した。 たった一人の肉親である兄に、血の匂いのする危険な世界に染まってほしくはない。 しかし、柊一は百佑の頼みでも自分の生き方を変えることはしなかった。 柊一は裏社会でのし上がっていくことを望んでいる。 百佑は心の中で深くため息をついた。 「……でも、ちゃんと帰ってくるよね? ここに」 おれのところに、とは恥ずかしくて言えなかった。 「ああ、もちろん。俺の帰るところは一つだけだ」 柊一は優しくほほ笑み、甘い声で言葉を紡ぐ。 ハイエナたちが見たら卒倒するだろう。 「俺がいないとさみしかったか?」 からかうように言われ、百佑はむっとしたが、黙って小さく頷いた。 すると、間髪容れずに強く抱きしめられた。 「百佑、大好きだ。愛してるよ」 軽い音を立てて瞼にキスを落とされた。 百佑は柊一の背中に手をまわし、ひと時だけの温もりを噛みしめた。 寒い夜を幾度一人で過ごしただろうか。 一人の夜は長く、冷たい。 こうして熱を分け合える存在がいることで、百佑は救われている。 たとえその相手が実の兄で、悪名をとどろかせる非道な男だろうとも。 つづく [*←] [戻る] |