ブルー・デュール
桜 常 編
97
もうどれだけ時間が経過したかわからない。
おれは後ろ手に縛られたまま、冷たい床に横たわって白いドアをぼんやり見ていた。
頭が痛い。
体がふわふわして力が入らない。
どうやらいったん下がった熱がまた上がってきてしまったらしい。
空腹のピークが過ぎて今度は気持ちが悪いし、なにもかもがうまくいかない。
なんでおればかり、こんな目に遭わなければならないんだ。
おれがなにをした。
おれは望んでこんな力を持っているんじゃない。
世界に人はたくさんいるのに、なんでおれなんだ。
おれは普通に暮らしていれば、まあまあやっていけたはずだ。
人当たりだって悪くないし、頭の出来は悪いが体力でカバーできるし。
エリートにはなれないが、肉体労働ならいくらでもこなせる。
わざわざご丁寧に隔離して育ててもらわなくても、自分のことは自分でできる。
ここから出られるなら、おれはなんだってする。
ひとりでバイトしながらかつかつの生活を送ったって構わない。
自由がないよりよっぽどましだ。
この部屋は息苦しくて冷たくて、まともな人間の暮らすところではない。
ドアが開いてふたりの所員が入ってきた。
ひとりはプレートに乗った食事を持っている。
リゾットをおれに食べさせずに自分で食べてしまったことがバレたのか、木田川はあれから姿を見せない。
「いらねえよそんなもん!」
おれは繋がれた足で差し出されたプレートを蹴り飛ばした。
プラスチックの食器は壁にぶつかってひっくり返り、床にご飯やら野菜炒めやらが散らばった。
所員ふたりは顔を見合わせ、ひとりがなだめるように声をかけてきた。
「りゅう君、食べなければ死んでしまうよ。頼むから、落ち着いて。変なものなんて入ってないから」
「うるせえ! 死なれたくなかったらここから出せよ!」
「りゅう君……」
「さわんな!」
肩に手を伸ばしていた所員は、おれの剣幕に慌てて腕を引っこめた。
下手に近づくと噛みつかれかねないと察したのだろう。
散らばった食事を片づけ、ふたりは無言で出て行った。
静かな空間が戻ると、おれは倒れるように寝転がって床に額をつけて冷やした。
手錠はいくらひっぱっても外れない。
ひまがあれば外そうとしたが、手首が真っ赤になっただけだった。
こんなところに閉じこめられて過ごすなら死んだほうがましだ。
こんな状態、生きているなんて言わない。
生かされる人生なんて、生きているとは言えない。
ふたりが出て行ってから何分も経たないうちに、またドアが開いて別の所員がふたり入ってきた。
あとから入ってきた所員は、病院で使うような銀のカートを押している。
先に入ってきた三十路過ぎほどの眼鏡をかけた所員は、慎重におれと距離をとってしゃがみこんだ。
「東君。なぜなにも食べたがらないんだ? もう二日なにも食べてないんだよ。わかる?
このままだと衰弱して本当に死んでしまうよ?」
「死んだって別にいい」
おれは思ったことをそのままぶつけた。
頭がぼうっとして、なにか考えることすら億劫だった。
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